本年度の研究では,Saini(2012)の導入したある時点での入札で「落札した場合」と「不落に終わった場合」の遺失利益に関するオプション価値という概念を用いることで,入札における動学的意思決定の枠組みを提示した.供給可能な電力量に実質的な上限が存在していると考えられる特定規模電気事業者(以下,新電力)が,ある案件で落札した場合,その契約を履行するため将来的に自分たちの持つ電力供給資源が優先的に割り当てられるため,ある時点での落札が将来的な利益の損失をもたらす可能性がある.その潜在的な価値を表現したものがオプション価値であり,この概念を前年度までに行ってきた研究で用いてきた静学的な枠組みに導入することで,動学的意思決定の下での入札戦略を導出した.従来の静学的枠組みでは,一般電気事業者(以下,電力会社)と新電力の費用構造の非対称性(公的性格を持つ電力会社の費用構造は十分に開示されており共有知識といえるが,新電力の費用構造は私的情報である)を利用して,両者の入札戦略を導出するが,過去の履歴に依存するオプション価値による実質的なコスト増も両者に非対称性の要因となる.混合戦略均衡下での一般電気事業者の入札分布および特定規模電気所業者の入札関数はオプション価値による実質的なコスト増を反映しつつ,明示的に表現できるため,モデルの構造推定のためには,オプション価値の推定(ベルマン方程式における価値関数)の推定を所与のパラメータ値の下で数値的に行い,その結果を用いて,シミュレーションによる落札額を求めるという間接推定の形で実行可能であり,これまでの研究年度で作成した,落札履歴の累積に関する供給主体ごとのデータを,電力会社と新電力に集計しなおし,推定に用いる.現時点ではベルマン方程式における価値関数の推定が数値的に安定しないため,安定的な推定結果を得ていないが,今後改善し,論文を完成させる.
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