本研究は、衆議院議員選挙が中選挙区制から小選挙区制へ変更したことに注目し、選挙制度の変化がどのように政治家の行動に影響を与えたかを分析するものである。政治家の行動は多岐にわたり、また、観察しにくいことも多いため、エビデンスとしてきちんと観察できる情報として、各候補者が発表する選挙公報の内容を実証的に分析した。 この目的に沿って、衆議院では1979年の第35回衆議院議員選挙から2014年12月の第47回衆議院議員選挙まで、参議院では1977年の第11回参議院議員選挙から2013年の第23回参議院議員選挙まで、東京都選挙区の候補者のメッセージについてデータべースの構築を行った。サンプルサイズは衆参合わせてそれぞれ13回分の選挙、のべ1674人分に上る。 このデータベースを分析した結果、政策面では、小選挙区制に移行後、地域の利益誘導を訴えるメッセージは衆議院では減少傾向がみられた。この結果は、概ね経済理論が示唆するものに沿っている。なぜなら、小選挙区制では当選者は一人のため、過半数の獲得を目指すことになり、必然的に広範囲の有権者の利益に沿う公約やメッセージがアピールされやすいからである。この結論は、世間で言われるような、小選挙区制になって選挙区が狭くなった分だけ一層「どぶ板選挙」になったという印象論とは異なるものである。また、比較のために分析した参議院議員選挙ではそのような傾向は見られなかった。参議院議員選挙では、選挙区が東京都全体であるという点を留保する必要はあるが、中選挙区制を維持していることも理由の一端として考えられる。以上から、選挙公報の公約を見る限り、小選挙区制への移行は地元への利益誘導を弱めた可能性が示唆される。 一方、国防や外交に関する公約については、少なくとも選挙制度の変更が大きな影響を与えたと結論付けるまでには至らなかった。
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