最終年度にあたる27年度は、1-2年目に着手した研究を発展させ、働き方とメンタルヘルスの観点から複数の英語論文を執筆した。第一は、同一個人のメンタルヘルスの状態と働き方に関して4年間を追跡調査したパネルデータを構築し、メンタル面のタフさといった個々人の異質性を取り除いたうえでも働き方が心の健康に影響を及ぼしうるかを検証した。検証の結果、時間を通じて不変・可変の要因を除去し、逆の因果性を取り除いたうえでも、労働時間が長くなると労働者のメンタルヘルスが悪化する傾向にあることなどが分かった。また、メンタルヘルスを毀損させる要因としては、労働時間以外に仕事内容の明確化や仕事の手順に関する裁量性の有無など、働き方にも規定されることが明らかとなった。第二は、同じデータセットを用いて、労働者はメンタルヘルスを毀損するリスクを認識していながらなぜ長時間労働をしてしまうのかを、定量的に検証した。分析の結果、長時間労働はメンタルヘルスを悪化させるものの、労働時間が長くなるほど仕事満足度が増すことから、自分の健康を過信してしまう人ほど長時間労働になりやすいことを示した。第三に、同一企業を経年的に追跡調査し、メンタルヘルスに関する情報と財務情報をリンクさせて、従業員のメンタルヘルスの度合いが悪化すると企業業績に負の影響が生じることを示した。この結果は、逆の因果性をもたらしうる時間を通じて不変・可変の要因を取り除いたうえでも頑健であるという結果を得た。 さらに、精神疾患患者数が急増した2000年代初め頃に、長時間労働者が急増した点に着目し、回顧データを作成して当時の長時間労働がなぜ起こったかを多角的に検証した。分析の結果、リストラが実施された職場ほど、業務のしわ寄せが残された労働者に集中する結果、長時間労働となる傾向にあったことなどが明らかになった。
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