研究実績の概要 |
平成29(2017)年度も,前年度に引き続き日用雑貨卸売企業の伊藤伊を検討の対象としたが,特に会計・財務面に焦点を絞って分析した。今年度の研究において明らかにされた諸点は,次の通りである。まず,伊藤伊は,広域化と小売直販の増大過程を通じて,売上高,資本金および資産を増大させたが,売上や利益についてみると売上総利益は増加の傾向をたどった。これは,直販による売買差益の増加,小売店への売上割戻金などを補って余りあるメーカーからの仕入割戻や小売店への売上増によって実現した。しかし,営業利益,経常利益は増減を繰り返した。営業利益が増えなかったのは,営業規模の拡大にともない販売費・一般管理費が増えたためである。なかでも人件費,借地料,運送費,減価償却費の負担が大きく,運送費関係では大手小売店に納入する際に徴収されるセンター・フィーなどの負担が次第に重くなっていったことが明らかにされた。次に,仕入先からのリベートの一部は,仕入割戻(仕入原価控除),仕入割引(営業外収益)などとして,販売先へのリベートの一部は売上割戻(売上高控除),売上割引(営業外損失)として,それぞれ処理されていることも確認できた。第三に,従来のように内部留保される比率が80%以上と高かった。伊藤伊の自己資本比率も,一時期を除いて高く,それゆえ銀行の信用度も高かった。第四に,売掛債権と買掛債務の双方が大きいことが卸売企業の特徴であることが確認されたが,手元流動性もあり銀行の信用も高く,伊藤伊が資金繰りに困ることはなく,取引先の経営破綻に耐えうる財務力ももっていた。しかし,広域化にともなう事業規模の拡大のため,従来のように自己資金だけでまかなうことはできず,銀行からの長期借入も必要であった。このように,従来のの経営史研究では,未解明であった卸売企業の会計・財務面の時系列的なトレンドが,一部とはいえ解明できたといえよう。
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