研究課題/領域番号 |
25380638
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
廳 茂 神戸大学, その他の研究科, 教授 (10148489)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 自然主義 / 歴史主義 / 有機体 / ダーウィニズム / 競争 / 公論 |
研究実績の概要 |
研究代表者は、19世紀末から20世紀前半期のドイツ社会学の思想史的研究を専門としている。この時期の研究としてはM.ウェーバー研究が突出しているが、時代全体の社会理論の動向についての研究は、ニーチェ、キルケゴール、ドストエフスキー、ボードレール等の哲学や芸術の思潮との深い関連への多様な目配りの必要性など、研究遂行上の壁が高く、日本の研究水準はむろん、ドイツにおける研究水準も、必ずしも進んでいるとはいえない。しかしこの時代の社会学理論はその後の社会理論に重大な影響を与えたものであり、研究の進展が待たれている。 代表者は、ジンメルの思想を中心に長年検討を続けてきたが、この十数年、ジンメルと同時代の思想動向と関係の解明に力を注いでいる。ジンメルを中心に置くのは、この人物が社会学から哲学、歴史主義から自然主義までを覆う際立った包括性を特徴としている思想家であるからである。社会学は当時まだ形成途上にあり、それは他の分野や様々の思想傾向と密接に混融していた。この全体を見通す手がかりとして、ジンメルは、もっとも有利な足場を提供し得る人物である。代表者は、ジンメルの思想を社会学から見たばあいの根本問題を「個人と社会」として、そして哲学や美学を含めた全思想としてみたばあいの根本問題を「生と社会」として規定することを提唱してきた。これは現在、ジンメル研究の基盤的視点の一つとなっている。 この十数年は、ジンメルにおける「生と社会」問題の、同時代の思想との対比をも通しての解明に従事している。「社会はいかにして可能か」というジンメルの問題機制の大規模な再構成が目指されているが、このその後の社会学の展開にとってきわめて重要な問いの究明にあたって、同時代の思想的ライヴァルであったディルタイやテンニースとの関係の解明が重要なポイントとなっている。この解明の基礎を築くのが、この科研の目的である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ジンメルにおける「社会はいかにして可能か」という問題についての分析は、公表した論文はNo.5まできており、原稿用紙(400字詰)に換算して、800枚前後に達している。ジンメルの立論は、一方での生の存立の条件となる社会の現実的様態をめぐる社会学的議論と社会のあるべき様態をめぐる社会哲学的議論、他方での生とは何かをめぐる哲学的、芸術的議論からなるが、現在研究は前者の終盤まで達している。この数年資本と国家に対しジンメルがいかなる態度をとったかを検討してきたが、現在時代の最も重要な争点であった闘争と競争の概念の考察に集中しており、論文をまとめつつある。闘争と競争概念の検討のためには、時代のダーウィニズム的な社会理論、とりわけA.シェッフレの有機体論的な社会学説との比較が不可欠である。シェッフレの主著は、四千ページにもなるものであるが、ジンメル論のなかにその読解成果を組みつつある。シェッフレがテンニースやジンメルに与えた影響について、徐々に明らかとなりつつある。シェッフレは、ディルタイのライヴァルの一人でもあったが、ドイツの社会学史研究においても、ほぼ完全に盲点となっている人物であり、この人物の究明は、意義があることである。テンニースのゲマインシャフト概念の現代的可能性をめぐる議論の中心の一つである「公論」についての思索の検討も進んだ。この時代の「規範化様式」をめぐる論文を、これも長い調査の時間と手間をかけて執筆、発表しつつあるが、そこにこの成果は組み込まれつつある。科研の対象であるジンメルの思想に関わる思想家として、もう一人ヴントがいるが、ヴントについての研究は、まだ少し遅れている。ヴントをはじめとする19世紀の心理学と社会心理学の専門家とのワークショップを開催し、知見を交換する段階までは達成している。
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今後の研究の推進方策 |
現在とりかかっているジンメルにおける闘争と競争の概念を焦点としての歴史主義と自然主義の交錯の解明を完成させなければならない。この作業には、ディルタイ、テンニース、シェッフレなどが密接に絡むので、長文の論文となるだろうが、鋭意努力している。この問題にかかわってはニーチェ思想と闘争概念の関係の検討も必要であり、現在それも準備しつつある。ディルタイとジンメルの関係の総論的見通しについては、昨年度「哲学者ジンメルの問題提起」という表題で学会発表をしたが、この活字原稿化に現在取り組んでいる。「ジンメルとディルタイ」という問題は難問としてドイツ思想史において知られているが、本科研の決算報告の一つとして、代表者なりの見通しを提起できると考えている。 シェッフレやヴントなど、科研の主題である3人の思想家の周辺の思想家についても、研究を引き続き急ぐつもりである。この作業とともに、当時の近代社会の規定の仕方をめぐってなされた学問の方法と主要概念の選択についての様々の議論の布置を鳥瞰する論稿の準備にも入る。ディルタイ、テンニース、ジンメルは、近代の社会と文化を語り定義するための適切な方法と概念を模索しつづけた。この模索こそ、M.ウェーバーをはじめ、その後の社会学の前提となったものである。ここでは、歴史主義と自然主義、観念論と功利主義、解釈学と進化論が激しくぶつかりあう。シェッフレの解読を急いでいるのも、彼の進化論受容がこの論争に関わるからである。上記の競争概念は、この論争が交叉する典型的焦点の一つである。この三者の学問論的議論と、その具体的表現の一例としての競争概念をめぐる議論をつなげる形で、活字版の科研報告書を用意する予定である。こういった一連の論稿の完成に有益と思われるワークショップも幾度か開く。論稿が完成すれば、科研テーマの当初の狙いは相当程度はたせると判断している。
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次年度使用額が生じた理由 |
本科研の遂行のためには、19世紀から20世紀にかけての古書の収集が不可欠である。古書の価格はその日その日のレートで絶えず上下しており、また、数十年に1回しか売りに出されない貴重な文献もあり、なかなか厳密に使用予定額の数字を合わせることがむつかしい面がある。本科研においては、そのことを踏まえ、予算執行に慎重を期しているが、若干の数字のずれが生じた。額が少ないので、次年度の計画への支障はまったくない。
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次年度使用額の使用計画 |
必要な古書文献の収集は、順調に進んでいる。国内の大学の図書館での所蔵調査と文献閲覧もほぼ予定通り進捗している。物品費について次年度使用額21,380円を使用ということで、対処する計画である。
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