研究課題/領域番号 |
25380650
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
下夷 美幸 東北大学, 文学研究科, 教授 (50277894)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 離婚 / 扶養 / 履行確保 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、「離婚後の親子関係の断絶」という日本的な家族規範はどのようにして維持されてきたのか、を明らかにすることである。このような家族規範として、時代を通じて最も顕著にみられるのは、「離別した親子の経済的扶養関係の切断」という事象である。そこで、この事象に深くかかわる「家庭裁判所の履行確保制度」について、現行制度の特長、ならびに制度形成過程について検討した。 履行確保制度とは、家庭裁判所の調停や審判等で決定した家事債務について、それを守らない義務者に対して家庭裁判所が履行を促す制度であり、これは、離別した親の子に対する扶養義務を確保するうえで重要な制度である。現行制度は、履行勧告と履行命令の2つの制度からなるが、その実績を検討した結果、履行勧告は法的に強制力がなく、実効性に問題があり、また、履行命令は制裁規定が10万円以下の過料という限界から、ほとんど制度として機能していないことが明らかとなった。 このような制度がどのようにして成立したのか、その制定過程を明らかにすべく、履行確保制度の歴史をたどると、この制度は1956年の家事審判法の改正により創設されたものだが、すでに1946年の家事審判法要綱案を審議した委員会において、その要綱審議の終了時に履行確保制度に関する希望決議がなされていたことが判明した。そこで、家事審判法の前史にあたる家事審判制度の議論が始まった1910年代末までさかのぼり、そこから1956年の履行確保制度導入までの、政府の審議会や委員会、および帝国議会や国会等における審議の内容について分析した。その結果、履行確保制度の実効性に関する議論が一切行われていないことが明らかとなった。 以上のことから、現在の履行確保制度には、制定過程における実効性の議論の欠如という根源的な問題があることを提起することが可能となった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「離婚後は親子関係を断絶する」という日本的な家族規範について、歴史的な視点と国際比較の視点の両方から、複合的に検討可能な事象として、「離別した親子の経済的扶養関係の切断」に焦点をあて、研究を遂行している。前年度は、離婚後の扶養の実態と深くかかわる、離別した父親の扶養義務の履行確保に関する制度・政策の国際比較を行った。その結果、日本の制度・政策の特徴を明らかにすることができた。 前年度の研究結果から日本の特徴が明確に把握できたことで、本年度はその成果に基づき、離別した親の子に対する扶養を確保するための日本の主要な制度である、家庭裁判所の履行確保制度の分析に研究をすすめることができた。 本年度はまず、履行確保制度が導入された1956年の家事審判法の改正について家庭裁判所の執務資料の検討に着手したことで、家事審判法の制定過程の研究の必要性を確認することができ、それにより当初の予定より研究の射程をひろげることができた。とくに、戦後に成立した家事審判法のみならず、その前史にあたる戦前の家事審判構想まで含めて検討することができ、視野をひろげ、考察も深めることができた。戦後についても、家庭裁判所の家事審判官会同の議事録をすべて入手でき、一次資料による分析が可能となったことで、先行研究にはない独自の分析が可能となった。あわせて、国会図書館の国会会議録システムを活用し、議会資料も網羅的に検討することができ、制定過程の議論を詳細かつ網羅的に追跡することができた。 以上のことから、戦前から戦後にわたり、履行確保制度がどのように論じられてきたか、制度の形成過程の全貌を明らかにすることができ、当初の計画以上に研究を進展させることができた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究により、「離婚後の親子関係の断絶」という日本的な家族規範の維持強化には、家族不介入の観念を基盤とする政策が関連している、との視座を得ている。そこで、今後は、すでに手掛けている制度形成過程の研究をさらに発展させ、1910年代末の家事審判制度の構想段階から1956年の履行確保制度導入までの議論の内容を、「家族への介入/不介入」の視点から再分析し、離婚後の親子に扶養関係に関する日本的家族規範と政策の関係について、より詳細に検討する。 さらに、制定された政策の実際の影響を把握するため、1956年に導入された履行確保制度がどのように実際に運用されたのか、とくに制定の担い手として実務にあたった家庭裁判所調査官への聞き取り調査を実施し、離婚当事者に対する政策の直接的影響について検討する。その際、履行確保制度の導入後、この制度のための専門部署を設置し、当時、積極的に制度を運用していた東京家庭裁判所に着目し、東京家庭裁判所にて履行確保の職務経験がある元・家事調査官に対して行う予定である。 以上のような分析を行い、「離別した親子の経済的扶養関係の切断」という事象に関する実証研究を完成させる予定である。研究最終年度である本年度は、これまでのすべての研究結果を総括し、最終的に「離婚後の親子関係の切断」という離婚後の親子に関する家族規範の日本的特徴についての考察を深め、独自の結論を導いていく。
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