本研究が目指したのは、ヴィジュアル・メソッドに拠る、美術館来館者の美的経験の社会学的記述である。具体的な作業課題は、1)研究調査ツール開発、2)美術館をフィールドとするヴィジュアル・リサーチの実施と、得られた材料を用いたデータベース構築、3)来館者の美的経験の社会学的記述の実践、4)主観性の社会学への展望提示、である。1)については、調査研究プロセス全体(画像/言説素材の集約・データ化・分析・成果提示)の中核となるデータベースを再設計してデータ相互の連動性を高め、また、新たなデータ収集の方途を探るためにタブレットPCベースの自叙フォト・エスノグラフィ調査を実施するためのアプリを試作し調査実施に目処をつけた。2)については、福岡市の美術館でのフォト・ヴォイス法によるフィールド調査と、横浜市の美術館での自叙フォト・エスノグラフィ法による調査試行とを実施し、それぞれに収集した材料を使って「来館者経験ヴィジュアル/ナラティヴ・データベース」を構築した。収集した材料とは、来館者自身が美術館内で撮影した画像と、その画像をもとにしたフリー・トーク(インタビュー)のトランスクリプト、もしくは画像に来館者が自ら加えた記述説明とである。総じて、館内経験の多様性を画像とナラティヴとで明示的に可視化できた(福岡市の調査では画像とナラティヴを美術館内に展示して館内経験の多様性を来館者と共有した)。また、そのように多様な館内経験のあり方が他ならぬ本研究の枠組みにおいて来館者が自らの経験と向き合うことによって引き起こされたことを確認し、今後の研究展開の手がかりとした。ただし、調査フィールドが前述2地点以外に得られなかったため比較対照の作業に進めず、また、3)と4)については、グラウンディッド・セオリー・アプローチならびに状況分析を援用した記述法のデザインを始めたのみで、平成29年度以降の作業課題とした。
|