戦前期日本の社会変化には、当時の実業エリート(大会社の創始者・経営者や新興起業家など)の言動が深く関連している。とくに大正期において、「貧富の懸隔」に関係する諸問題に彼らがどのような関心や意見を持ったのかは、テロリズム・総力戦体制へという時代の推移に関わる大きな社会的文脈である。 今年度は、実業エリートによる論説や彼らに関する情報が多く掲載されている『実業之日本』の諸記事を検討することを通じて、戦間期の実業エリートによる危機的状況に対する態度や具体的な対処について検討した。諸記事を見れば、高等遊民の増加、労働条件や労働組合の合法化を中心とする労働問題など、当時の主要な社会問題に対して、彼らは一貫して奮闘の実践による解決を奨励する「奮闘至上主義」を中核とした意見を表明していることがわかる。 たしかに大正期半ば以降、温情主義論争や大規模労働争議など、実業家たちへの批判を誘発する出来事が断続的に生じた。ところが、そうした出来事が生じるたびに、戦後不況や大震災という言わば不可抗力的な事態が生じ、彼らへの批判は緩和された。すなわち、不可抗力的な事態の乗り切り策として困難に打ち克つことを推奨する精神論が、その都度、社会的に流布し、実業エリートたちはそうした思潮に同調して、従来から彼らが主張してきた「奮闘至上主義」を一層強く主張するようになった。その精神論は、もちろん彼らへの批判を和らげる解決策とは言えず、時代が進むにつれて時代錯誤性を帯びることになった。おそらく、昭和の時代の財界をターゲットとするテロリズムは、そうした時代錯誤性に部分的に起因するものと思われる。
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