研究課題/領域番号 |
25380841
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
石井 宏典 茨城大学, 人文学部, 教授 (90272103)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 同郷コミュニティ / 都市移住 / 老年期 / 喪失体験 / 母村の伝統行事 / 根元(ルーツ) / 共通感覚 / 沖縄 |
研究実績の概要 |
本研究は、沖縄本島北部の特定地域から国内外への人びとの移動と定着の過程を対象にした一連の調査研究を受けて立案されたもので、老年期の都市移住者によって編成された同郷コミュニティ(同郷会や同窓会など同郷人どうしの結びつき)と母村側との交流活動に着目する。仲間と連れ立って母村に足を運ぶ離村者たちは、自然の循環と共にあった子どものころの暮らしとは大きく様変わりした村の現状に戸惑いながらも、いまも続く村の伝統行事に参加する。参与観察とインタビューによる実態把握をとおして、これらの交流が個人やコミュニティレベルに及ぼす影響について考察することを目的とする。2年目にあたる本年度は、母村の伝統行事および中南部都市圏の同郷コミュニティにおける参与観察を中心に、10回にわたる現地調査を実施した。それぞれの概要は以下のとおりである。 1. 母村の伝統行事への参与観察と中心的担い手へのインタビュー。本年度はのべ8回の母村調査を実施し、7つの年間行事に参加した。年間20を超える村の神行事において中心的な役割を担う女性への集中的なインタビューを重ね、終戦後のノロ(村落祭祀を司る女性司祭の長)就任から神信仰が衰退するなかでも行事を続けてきた現在までを把握し、彼女のノロとしての社会化過程を考察した。 2. 那覇および中部の都市圏で組織された同郷コミュニティでの参与観察と参加者へのインタビュー。那覇の福女会には5回、中部のほたる会には3回、計8回の月例会合に参加し、それぞれの場において展開する語りあいの内容や相互行為の特質を見極める作業を重ねた。双方の会合で取り上げられる話題は、①身辺や母村の近況報告や直面する老いへの対応について伝えあうような現在志向の語りあい、および②子ども時代に過ごしたふるさとでの共通体験をとおして育まれた共通感覚を確かめあうような過去回帰的な語りあい、が特徴的といえた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、老年期を迎えた都市移住者たちがつくる同郷コミュニティと母村側との交流活動に着目し、参与観察とインタビューによる実態把握をとおして、それらの交流が個人やコミュニティレベルに及ぼす影響について考察することを目的としている。各種の交流活動のなかでもとくに、多くの村出身女性が加勢することで成り立っている旧暦七月のシニグ行事に注目し、準備から祭祀までの参与観察を3年間にわたって実施する計画を立てた。2年目にあたる本年度も、予定どおりこの行事に参加しての調査を遂行するとともに、中心的担い手である女性祭司(ノロ)へのインタビューを重ね、彼女のライフヒストリーを考察した論文をまとめることができた。 また、本研究で対象とする同郷コミュニティは、都市での定住化の過程を経て老年期に至った人たちによって構成されている集団であり、これらの会合においては、老年期に特徴的な喪失体験への対応と、母村での子ども・青年時代についての振り返りが話題の中心となっている。2つの同郷コミュニティの会合での参与観察を2年間で10回実施するとともに、参加者へのインタビューを重ねてきた。その結果、老年期にある出身者たちが母村とのかかわりを再び深める様子を具体的に把握することができ、それら交流の意義についての考察を深めることが可能となった。
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今後の研究の推進方策 |
今後も、沖縄本島北部地域の母村での行事場面および中南部都市圏で編成されてきた同郷コミュニティによる会合場面での参与観察、および参加者へのインタビューを軸にしたフィールド研究を継続する。そのさい、特定集落を対象にして長期にわたり積み重ねてきた研究成果を十二分に活用するため、同集落を出身とする老年期女性たちによって編まれてきた2つの同郷コミュニティ(①移動先での同業体験を背景にした同郷・同輩者による集団「福女会」、②同郷・同年者による集団「ほたる会」)を調査研究の中心に据える。集落の歴史的変化をふまえ、かつ地理的細部に目配りをした資料を収集することで、対象者たちの意味世界をこまやかに掬う研究を推進させたい。また、母村の神行事を懸命に支えつづける女性神役を対象にした調査も、これまでどおり続ける。 上記の同郷コミュニティの成員たちは、担い手の少なくなった母村の伝統行事を成り立たせるうえで欠かせない存在となっており、当人たちにとっても母村行事に直接的に関与することは、青年期に離れたふるさとに自己を再び繋ぎ止めようとする積極的な意味を含んでいることが推察される。老いのさなかにある彼女たちは、母村を訪ねたとき、子どもの頃に体験した自然の循環と共にあるくらしがほとんど失われつつあるという現実に直面することになる。こうした喪失感を抱えながら、現在も続く母村の伝統行事に参加することは、断絶した過去と現在をつなぎ、連続性の感覚を彼女たちに与えている。今後もこうした視点をもちながら、出身者たちの母村側との交流活動をさらに深く考察していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、昨年度の繰越分も活用することで現地調査の回数を増やすことができた。調査の補助および資料整理のための費用については、前年度同様、研究者自身で調査と資料整理のすべてを担ったこともあって若干の繰越分が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度繰越分については、旅費に充てることで現地調査の回数を増やし、研究をさらに充実させたい。
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