人は過去の経験を想起するだけでなく、過去と現在を結びつける、過去経験から教訓を学ぶ、過去経験を自己理解につなげるなど、様々な意味づけを行う。こうした思考過程は「自伝的推論」と呼ばれる。 本研究では第一に、自伝的記憶、ナラティヴ、ネガティブ経験の意味づけ、心的外傷後成長、高齢者の回想など関連する諸領域の知見を精査し、自伝的推論を捉える包括的な枠組を提案した。第二に、この枠組に基づき自伝的推論尺度(26項目)を作成した。第三に、想起機能尺度との関連から自伝的推論尺度の妥当性を検討した。第四に、自伝的推論と世代、想起内容(成功経験・失敗経験)との関連を検討した。第五に、自伝的推論と性格(5因子性格特性)、アイデンティティ発達、適応(時間的展望、自尊感情、人生満足度)との関連を検討した。以上は20~50歳代にわたる広い世代の協力を得て実施された。 主な実績は以下の通りである。第一に、自伝的推論尺度(自己、リハーサル、転機、重要、教訓の5因子)の信頼性と妥当性が確認された。第二に、肯定的経験は否定的経験よりも強い自伝的推論を引き起こすことが見出された。第三に、自伝的推論は青年期(20歳代)よりもそれ以降に活発化することが見出された。第四に、自伝的推論の程度と適応とのあいだに関連性が見出された。特に、肯定的な経験に対する自伝的推論の活発さが、アイデンティティの確立、自尊感情、人生満足度と結びついていた。 以上の成果は特に次の点において重要である。(1)諸領域をまたいで利用可能な尺度が構成された。(2)人は肯定的な経験に対して活発な自伝的推論を行うこと、そのことがアイデンティティ確立や適応と結びつくことが示された。従来は疾病などネガティブな出来事への意味づけに関心が集まっていたが、本研究の知見は、肯定的な経験への自伝的推論という新たな研究テーマにつながるものである。
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