不随意な回想の連鎖に接近するために,自己語りの回想が促す生活史の再編について探索した。中年期から高齢期にある24名(平均年齢60.4歳)に対して,個別面接法によって自己語りの回想を導入し,日誌法によってそれに続く回想の連鎖を収集した。こうした回想の連鎖は,一部の調査対象者の生活史の意味づけや,随伴する感情の改変等,生活史の再編をもたらしていた。そこで,生活史の再編の程度が高かった群と低かった群を比較することによって,生活史の再編を促す要因を,演繹的・帰納的に分析した。演繹的分析としては,これら2群の間で,自己語りの新奇性と開示の深さ,不随意な回想の開示頻度と想起頻度の差異を検証した。その結果,生活史の再編の程度が高い群は,低い群に比べて,自己語りにおける開示が深く,また,不随意な回想の開示頻度と想起頻度が高かった。さらに,生活史の再編の程度が高い群における自己語りの内容について,語りにおける現在と過去の関係性に着目し,帰納的分析を試みた。それによって抽出したカテゴリーは,語っている現在に対して過去が圧倒的な力により影響する「現在を圧倒する過去」,語っている現在に対して過去が浸出し,両者が分かち難い「現在に浸出する過去」,過去の経験でありながらも生活史に取り込みにくい記憶の欠落や生活史上の疑問を残す「現在から欠落する過去」,語りながら過去の経験を吟味して整理し,現在に活かせる気づきや学びを得る「現在が吟味する過去」であった。以上の分析から,自己語りが,その後に不随意な回想を連鎖的に引き起こし,その結果,一部の調査対象者においては,生活史の再編が促される機序の一端が明らかになった。日常生活上,自己語りのような自身の重要な側面や経験を他者に語ることが,過去の経験の意味や付随する感情に影響を与える可能性が示唆された。
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