最終年度(平成27年度)に得られた最大の研究成果とは、昭和初期の教育政策として、「自我実現=自己実現」の中心的理念に「自律的な個人ほど日本国家に自発的に服従する」という論理かつ倫理が、その事実性と当為性との境界を曖昧なままにして埋め込まれていった痕跡を再発見・再解釈できたことである。井上哲次郎は、自我実現について「立派な日本人たる資格を完うする意味に取り扱わなければならない」と宣言した上で、教育勅語の中に列挙されたる徳目について自我実現の方法を示していると主張している。また、吉田熊次は、「自我の実現とは自己の善とし信ずる所のものを実行することと説く」ような「理想主義的倫理学説」が「自己以外の意志に従ふことは他律的道徳として此を排斥せらる」点を否定した上で、「忠孝こそが完全なる自我の実現であり、理想の実現であり自律的道徳である」と主張している。これらの叙述について、主としてエリート青年層を標的とした教化政策的な狙いが明確にあると判断できた。そこで、新たに浮かび上がった仮説は、昭和初期の社会的ムードに抗えない青年インテリ層が「国家への服従は、私個人の自発的意思で選んだことだ」として自らを納得させる論理かつ倫理としての役割を、自己実現思想が果たした可能性である。 3年間の研究結果として、1890年代にイギリスから日本に輸入された自己実現思想は、明治・大正・昭和初期をつうじて「個人と社会との関係性」を問い続ける倫理思想として展開していたけれども、昭和初期には「個人と社会との水平的調和」から「国家による国民の垂直的併合」へと転回させられる強制力が働いて概念が大きく変質してしまったと結論づけられた。こうした歴史的経緯の再発見は、自己実現が専ら個人的な課題であり個人主義の象徴のごとく扱われがちな現代的傾向を踏まえると、教育史的な基礎として新たな逆説的事実を発掘できたという点で重要である。
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