本研究の目的は、日本において「少子化対策のモデル国」とも看做されているフランスを事例として、人口(population)概念の肥大化と人口学的な学知が構築されていく歴史的・社会的プロセスを捉え直し、初等中等教科書における人口記述に関する実証的分析を行うことである。本研究で、地理、道徳、家庭科の教科書を蒐集し、人口に関する記述箇所を特定したうえで分析し、移民問題、人種問題、家族のあり方、乳幼児死亡率を低下させる運動、セクシュアリティ、社会衛生問題、等との関連性から人口に関する記述が教科書に豊富にみられ、かつ、そうした記述が19世紀末以来100年以上に渡って繰り広げられてきた出産奨励運動とも重なり合う部分があったことが明らかとなった。 (1)地理教科書における人口記述は「人文地理」領域に集中しており、そうした人口記述が(a)ヨーロッパ諸国とフランスとの人口比較、(b)移民(・外国人)問題、(c)人種問題、(d)「フランスの一体性」、(5)日本をはじめとする人口増加の著しい国の状況紹介、といった種々の観点から論じられたものであったことを明らかにした。 (2)道徳教科書の内容においては全般的に「家族」のあり方が重視されいるが、「家族」に関する言及が「人口」概念と結びつけられて記述されて教科書が第二次世界大戦後の1953年に刊行された道徳教科書に明確にみられたことを明らかにした。 (3)家庭科教科書の学習内容の一角に導入されている「育児学」が、フランスの出生率の伸び悩みへの懸念から論じられ、堕胎、死産、嬰児殺、捨て子、乳母業の利用を回避し、フランスの人口増加へとつなげることを期待されていたことを明らかにした。また、社会衛生に資することを期待される主婦の形成、さらには学校衛生との関連性においても家庭科教育が重要視されていたことも明らかにした。
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