本研究の目的は、19世紀末から1920年代のアメリカにおいて、新教育運動を背景として推進された市民性教育の思想と実践について、その主たる目的とされた「よい市民(good citizen)」の意味に注目して、その実態や意味(意義)を解明することにある。考察の方法としては、ジョン・デューイとジョセフ・リーという同時代を生きた二人が提起した、対照的ともいえる「よい市民(性)」概念やその育成論に注目した。デューイについては、ドイツの国家主義的市民性教育論に対抗するアメリカ型の民主的市民性教育論が、デューイを中心として模索されたことを明らかにした。また、当時連邦政府が中心となってアメリカニゼーションの手段として推進した市民性教育に対するデューイの批判的検討と、それに基づいて提起された代案について考察した。基本的にデューイは、当時の市民性教育が投票や遵法などに狭く限定されていることを批判し、広義の意味に捉え直して拡張しいていくことを主張した。リーについては、アメリカ遊び場運動についての彼の思想とその変質の過程に着目した。まず1880年代にボストンで取り組まれた子ども救済運動との関わりから、リーの主張や活動に検討をくわえた。1897年に結成されたマサチューセッツ公民連盟の副会長として、どのような救済活動や社会改善に取り組んだのかを明らかにした。その上で、後にリーが会長を務めることになるアメリカ遊び場協会の理念や活動に注目して、リーが道徳や市民性の教育に力を入れるようになる過程を解明した。以上をとおして、19-20世紀末転換点から1920年代にかけて大きく変容した市民性概念やその教育の実態に迫り、民主的市民性教育論の原理的な特質や限界について理解を深めた。
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