研究課題/領域番号 |
25381109
|
研究種目 |
基盤研究(C)
|
研究機関 | いわき短期大学 |
研究代表者 |
前 正七生 いわき短期大学, その他部局等, 准教授 (70337864)
|
研究分担者 |
鈴木 まゆみ いわき短期大学, その他部局等, 准教授 (20341745)
鈴木 隆次郎 いわき短期大学, その他部局等, 助教 (20516330)
橋浦 孝明 いわき短期大学, その他部局等, 講師 (20649991)
小坂 徹 いわき短期大学, その他部局等, 教授 (30258834)
金 ミンジョン いわき短期大学, その他部局等, 講師 (30610563)
及川 千都子 いわき短期大学, その他部局等, 講師 (70650018)
常深 浩平 いわき短期大学, その他部局等, 講師 (90645409)
|
研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
|
キーワード | 幼児教育・保育 / 保育者養成 / ナラティヴ / 震災 / 文化的基盤 |
研究概要 |
本研究の目的は、東日本大震災後二年余りの福島県、特にいわき市における保育園、幼稚園の実態について、実践者および幼児教育・保育関係者の証言と「語り(narrative)による現状把握とその整理を行うことにあり、その上でより実践的で"臨床的"な視点に基づき保育・幼児教育の場が直面している現実的且つ実践的で、臨床的な課題について明らかにすることが最終的な目的である。 初年度の試みとしては、先ず、保育者養成校にとっての実習園でもあるいわき市内の保育園・幼稚園の震災後の現状と課題、その地域性について保育実践者の「語り」を中心に整理するために必要な聞き取りの作業に伴う研究・理論的な枠組みの提示をおこなった。その成果は全国保育士養成協議会保育士養成セミナー 第52回研究大会 (2013年9月5日)にて「保育者養成における地域・文化的基盤と規範同調性」で発表し、いわき市にある保育者養成課程を有する短大としての責務、養成校として地域の保育所・幼稚園に如何なるスタンスと配慮をもって向き合うか、地域が求める養成と今後の「いわき市の保育」が目指す次世代育成の方途を探ることができそれにより、次年度以降の調査研究の基本的なスタンスも構築できたと考えている。 続いて、いわき市内の公・私立保育園61園のうち20数園、幼稚園の一部に対しヒアリングを試みた。ヒアリングの方法・形式はアンケートに拠らない園長・主任クラスへの直接の面談法およびフォールドワークによる「聞き取り」である。ひとり1~2時間程度の面談、補足的には記述での回答や再訪問も考慮に入れ、丁寧な記述と回答者の心象にも十分配慮した記録を行った。その際、記録というよりも寧ろ、「お互いの生きる世界をたしかに見届ける」という意味で、共同作業者としての視点を含むありのままの「語り」を重視し、対話的で「ナラティヴな」記述を意識して行った。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度ということもあり、またヒアリングを行う上で地域の復興の事情や各園の状況、保育者の心情や保育の実際に配慮するために、調査研究を行う前の理念的・理論的な枠組み提示を入念に行った。その過程では、地域のリスクガバナンスや被災地の「内―外」の語りに関する温度差について慎重な検討をおこない、ヒアリングを受ける側としての園と養成校の目指すものの同異、保育の実際における園ごとの語りの温度差といったものを如何に考慮するかなど、聞き取りの中で生じうる齟齬を可能な限り社会理論的に整理し、被災地の保育者養成として採り得る現実的なスタンスを明らかに出来た。 それにより、実習園であるいわき市内の保育園・幼稚園各園の震災後の現状と課題、その地域性について保育実践者の「語り」を中心に整理すること、そのために必要かつその作業に伴う研究の枠組みをより具体的に提示できた。また、枠組みを明らかにする過程において、震災後、現時点での学生たちを形成している文化的基盤―メディアを通じての情報の受容と学術的(アカデミック)な「知」に向けられたまなざし―とのかかわりからも"地域の保育実践を担う"学生にとって、養成(課程)段階で必須と思われる資質と姿勢について考察もでき、かなりの進捗を示せたと考えている。 市内の保育園、特に幼稚園に関しては未だ聞き取りのサンプル自体が少なく、未だ課題の全体像が見えにくい現状にはあるが、今後もひとつひとつの「語り」から、いわき市の保育園・幼稚園が直面し、且つ抱えてきた現実の課題や悩み、心情といったものをより精緻に探り、分析する一つの視点や方向性、その枠組に関してかなり明確なものが見えてきている。まだ、数値的に明らかにできる段階ではないが、子どもの減少やコミュニティの変容、それに伴う人口動態、保育者の確保の困難性という新たな現実がみえてきたことも大きな成果であると考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
今後、平成26年度以降も継続的に、残るいわき市内の保育園および幼稚園の聞き取りを進める。そのなかで新たに見えてきた事実やケースへの追加訪問も行いながら、震災直後からの数年間のいわき市における保育の実態、保育活動の回復の経緯の全体像を捉えていくことを予定している。 徐々にヒアリングを進めている現時点でも、一部の地域の園では子どもの減少や保育士の確保の困難という、震災後の二次的・三次的な影響も出てきており、その実態の把握、それらの現象と震災との因果関係について、各園での聞き取りを追加的な調査を試みる予定である。 また、個々の園における稀有な事例、特殊なケース、象徴的で有意な事例等に関しては、田中智志(東京大学)、矢野智司(京都大学)らの臨床教育学・人間学的な観点からも「個人と機能的存在としての保育者を存在論的に問う」等の分析を試みる。さらに、保育者や保育臨床に携わる者への「ナラティヴ・アプローチ」としての臨床社会学、社会構成主義的なアプローチを用いて、未来に向けての自己と保育を構成するための「語り」を創出することを通じ、いわき市、延いては福島県における保育のスタイルの新たなデザインに繋げることも視野に入れている。 今後は、従来の「震災後の保育現場が直面する課題とその対応事例に関する調査研究」のような、震災一年に満たない中での大綱的で広範なアンケート調査とは異なるアプローチを行う。その意味で、現実として直面する課題と対応策の掌握に関する量的研究にとどまらない個々の経験の質、個々の「語り」により着目していきたい。 26年度以降も保育学会、保育士養成協議会において中間報告及びヒアリング内容の分類・集約の経過、結果等を発表する。26年度の学内紀要2種類を含め、『全国保育士養成協議会 保育士養成研究』への投稿、秋の保養協全国大会での発表などにおける活発な執筆、公表を視野に入れている。
|
次年度の研究費の使用計画 |
当初計上した謝金に関して、いわき市内の保育所61園、幼稚園57園のうち、半数が公立であることもあって、支出を想定していた謝礼金等の受け取りに関しては受領不可の園が多く、想定外の謝金の余剰が生じてきた。また、備品の購入に際しても研究協力者の多くが、学内の個人研究費等で賄ったこともあり、予想以上に備品、図書購入の予定が減額されてしまった。研究協力者への研究費使用の周知を行ったが、使用に関しては控えめであり、研究代表者への遠慮もあったようだ(科研費を初めて取得した実情もあった)。 尚、研究協力者の退職や妊娠―出産準備、他の外部研究資金取得(笹川財団)等も重なり、3名の研究費の使用が当初の予想より少ないものに変更となった。 次年度においては当初から予備、追加の聞き取りとして想定していた私立幼稚園、社会福祉法人・民間の保育園(所)での再調査、追加調査も考慮し、また新たな保育園のカリキュラムや保育内容等、新たな保育実践の取り組みに関する詳しい調査をおこなう。また、保育者の不足、子どもの減少、いわき市と周辺の自治体との人口動態によるコミュニティの変化など、三年目に入り、新たに浮上してきた課題、より詳細な現状把握のための調査、聞き取りの費用に充当したい。 さらに、いわき市から避難した北海道在住の保護者、市内にて保育に従事する短大の卒業生、現時点での短大在学生等の心情と震災の経験に関しても追加的、オプションとしてのヒアリングを構想している。
|