研究課題/領域番号 |
25381151
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
多賀 太 関西大学, 文学部, 教授 (70284461)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 教育社会学 / 家庭教育 / 父親 / ジェンダー / 歴史社会学 / 階層 / 私の履歴書 / 経済人 |
研究実績の概要 |
本研究課題は、自叙伝の記述を第一次資料として、近代日本の家庭教育の実態の詳細を、特に父親による関与の仕方の変化という観点から明らかにすることを目的とする。日本経済新聞社「私の履歴書 経済人」全38巻に収録された243名分の自叙伝から抽出した事例を用いて、最初の2年間は、家庭教育の具体的内容と担い手に関する長期的変遷を明らかにしてきた。 3年目にあたる今年度は、子どもの教育に熱心な「教育家族」の先駆けとされる新中間層が拡大する大正期生まれの全著者60名分の事例を対象とし、家庭教育の具体的あり方と家族の階層再生産との関わりを中心に分析を進めた。各事例を、子どもに直接引き継ぐことのできる職業的家産を有する「旧中間層」と、それを有しない「新中間層」に分類し、両集団間で、地位達成戦略や学歴ならびに家庭教育の具体的なあり方を比較した結果、次の傾向が明らかになった。 「旧中間層」では、主として「特定地位継承」戦略のもと、父親主導で「職業指南」と「職業教育」を中心とした家庭教育が顕著であり、学歴は垂直レベルでも水平レベルでも多様であった。学校教育は、大規模事業者層にとっては主として「地位表示」の手段でありながら「投資」としての性格も有しており、零細事業者層にとっては積極的な「投資」であり「地位形成」手段としての性格を強く持っていた。 「新中間層」では、主として「一般的地位達成」戦略のもと、父親主導の教育方針のもとにありながら、母親が日々配慮の行き届いた家庭教育を担う傾向が見られ、主として学歴取得を最優先としながらも、子どもの純真さを尊重したりしつけに気を配ったりしながら、必ずしも職業に直結しない文化伝達も進んで行われる傾向が見られた。結果的には東大法学部を中心とする官立大学への進路がとられており、学校教育は明らかに「地位形成」手段としての性格を強く持ち合わせていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第1に、研究の進展に伴い、旧中間層と新中間層の間での教育戦略と家庭教育の相違という、当初は計画されていなかった視点で分析を行うことができ、新たな知見を見出せた。近代日本の家庭教育に関する従来の研究は、旧中間層と新中間層の違いにあまり着目しないまま、主として新中間層に焦点を当てる傾向が見られたが、両者の相違とともに、これまであまり研究されてこなかった大正期の旧中間層の家庭教育の様子を具体的に明らかにした点で、本研究は重大な意義を持つと思われる。 第2に、予定していた程度の成果発表ができた。今年度の研究成果の一部に基づいた研究発表を、研究協力者とともに日本教育社会学会第67回大会(駒澤大学)「教育の歴史社会学」部会で行い、それをまとめた共著論文を『関西大学文学論集』(第65巻第3-4合併号)に執筆した。また、日本家族社会学会第25回大会(追手門学院大学)では国際セッションに海外の研究者と一緒に登壇して成果の一部を英語で発表し、日本心理学会第79回大会のシンポジウム(招待講演)でも成果の一部を発表するなど、海外の研究者や他分野の研究者に向けても成果を発信することができた。さらに、成果の一部を含む論考を、単著『男子問題の時代?-錯綜するジェンダーと教育のポリティクス』(学文社2016年5月10日発行)に収めて出版した。 他方で、前年度終了時には、各階層に典型的ないくつかの事例を抽出し、「私の履歴書」の記述のみならずその他の資料も参照しながらよりインテンシブな事例分析を行うことを計画していたが、その作業には若干の遅れが生じた。
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今後の研究の推進方策 |
大きく2つの方向から研究を進める。1つは、今年度に遅れが生じた、個別事例のインテンシブな分析である。旧中間層と新中間層、さらにその内部における各教育戦略類型に典型的な事例をいくつか抽出し、「私の履歴書」以外の資料にもあたりながら、家庭教育の実態についてより詳細な分析を進める。特に、産業構造、階層構造、学校教育制度、教育思想などの点から、彼らにそうした戦略を採らせた社会的背景について詳しく検討するとともに、自叙伝では母による教育が「過少表示」されている可能性も視野に入れながら、家庭教育における父母の間での具体的役割分担や方針決定権の所在などについてさらに吟味する。 もう1つは、これまで自叙伝をもとに検討してきた近代の父親の家庭教育を写し鏡とした、戦後の父親の家庭教育の考察である。大正期から昭和初期の中間層の父親たちと比べて、戦後復興期から経済成長期にかけての中間層の父親たちは、本当に子どもの教育への関与が少なかったのか。そうであるならば、それはなぜなのか。また、2000年代以降の父親の家庭教育関与の気運は、新しい流れと見なすべきか、あるいは大正期への先祖返りとみなされるべきか。これらの点について、産業構造や階層構造の変化に加えて、学歴構造や選抜システムの変化といった観点からも検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
海外の国際学会での発表を予定していたが出張日程が確保できず取りやめたため、当初の予定よりも旅費の支出が少なくなった。ただし、国内で開催された学会国際セッションで海外の研究者に向けて英語による成果発表を行うことができたので、国際学会での発表を取りやめても、予定通り成果は発表できている。
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次年度使用額の使用計画 |
次年度使用額と次年度配分額を合わせた771,067円の使用計画は次の通りである。物品費151,067千円(パソコンソフト、図書資料)、旅費550,000円(国際学会等での研究発表旅費、国内学会等での研究発表旅費、資料収集のための旅費)人件費・謝金70,000円(データ入力と整理のためのアルバイト謝金)。
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