本年度は,移調楽器の学習者がどのような音高のシラブル符号化をおこなっているか,その多様性に注目し,実態を明らかにした。 調査は符号化の多様な事例を明確にしていくことを目的とし,10名の移調楽器学習者が,実際の音楽活動の場で,どのように音高の符号化をおこなっているのかを,インタビューと歌唱テストによって調査した。また,異なる符号化の事例が,絶対音感などの音感とどのような関係にあるのかを検討するために,すべての参加者に絶対音感テストを実施し,その成績と符号化の方策の関連に関しても,個別に考察していった。 分析の結果,ほとんどの参加者は,なんらかの形で音高の符号化をおこなっているが,音感の違いや演奏する楽器によって,その運用の方策は同一ではないことが浮かび上がった。非常に正確な絶対音感をもっている者は,移調楽器を演奏するときでも,移調譜に基づいて音高を符号化して聴くことが難しいことがわかった。一方で,絶対音感をもっていない者に加え,ある程度の絶対音感をもっている者は,移調譜の音名で符号化ができている参加者もいることがわかった。これらの結果より,音高の符号化は,必ずしも絶対音感などに縛られたものではなく,複数の符号化システムを併用していくことも可能であることが示唆された。 これまで、絶対音感の能力が、さまざまな音楽経験によって、どのように変容していくのかを調べた研究は少ない。本研究は、今後、絶対音感の劣化の問題、絶対音感の柔軟な運用の問題等を実証的に検証してくための足がかりとなることが期待される。
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