本研究では,演奏表現指導方法について客観的な分析を試み,優れた指導を特徴づける要因に明らかにすることを目的としている。特に本研究では,指導者の発話と指導後のインタビュー,および演奏者の演奏データと演奏後のインタビューデータを用い,相互の関連性について分析行った。吹奏楽・管弦楽指導経験のある3名の指導者に3台のキーボードによるアンサンブルの指導を行わせ,指導の際の発話を記録すると共に,インタビューを行った。また演奏者の演奏をMIDIファイルに記録し,指導内容との関連性を分析した。その結果,優れた指導実績を持つ3名の指導者は,いずれも直接的な指示ではなくメタファーを含む間接的な指示によって演奏者の主体的な演奏表現変化を引き出そうとしていること,しかしながらこうした意図を持つ指示についての演奏者の受け止め方は場面によって異なっており,そのことがその後の演奏表現姿勢に大きく影響していることが明らかとなった。指導者のあいまいな指示の意図を解釈する思考作業は,演奏者にとってときに負担となっており,さらにフラストレーションを感じながら形成された表現は,定着することなく,その後の演奏の中で次第に消失していく傾向が見られた。また声楽家大学教員による小学生の歌唱指導について,声楽家が使用するメタファーという視点から分析を行った。その結果メタファーによる指導は、声楽家自身の演奏中の身体感覚についての自己省察を通じて主題化されるともに、「語りかけ」として学習者に投げかけられるものであることが明らかとなった。メタファー的指導を学習者に対する「語りかけ」と捉えるとき、指導者と学習者は、理想の歌声を作る身体の状態に向かって並び立ち眼差しを共有する共同体となる。こうした学びの共同体的性格が、子どもの主体的探究心を掻き立て、未知の領域である新しい実存へと移行する子どもの成長を促進するものであると考えられる。
|