研究課題/領域番号 |
25390117
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
乾 徳夫 兵庫県立大学, 工学(系)研究科(研究院), 准教授 (70275311)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | カシミール力 / 浮揚 / 固着 / 量子電磁気 / 表面間力 |
研究概要 |
物体を空中に浮揚させると固着の問題が改善される,また,物体を駆動する力が小さくなり消費エネルギーの低減にもつながる.これらにより,空中浮揚技術を用いたアクチュエータは安定かつ効率的に運動し,力センサーはより高い感度で作動すると期待されている.これまでにも多種多様な浮揚技術が開発されてきたが,その多くは外部からのエネルギー供給と制御が必要であった.本研究は量子電磁気力の一種であるカシミール力を用いた浮揚(量子浮揚と呼ばれる)の開発を進めている.表面上で物体を浮揚させるためには浮揚物体が表面に近づいた場合,表面に対して反発する力が発生し,かつ,その力は重力に拮抗しなくてはならない.カシミール力は真空の電磁揺らぎで生じる力であり外部のエネルギー源を必要としない点で優れている.一方で,その力は小さく現在のところ真空中では引力である.しかし,近年,液体内ではカシミール力が斥力なり得ることが発見された.そこでブロモベンゼン中に分散された金粒子をシリカ表面で浮揚させる実験を始めた.また,液体の微小粒子はブラウン運動をするが,カシミール斥力で浮揚した粒子の運動について十分な考察が行われていなかったため,理論的な解析を行った. 液中のカシミール斥力は,液体の誘電率と液体が接している物体の誘電率との差が大きいなると強くなる傾向にある.また,固体表面の汚染物を除去することが容易ではなく,表面粗さが浮揚の妨げる要因となる場合少なくない.そこで,固液界面に限定せず,気液界面,液液界面での量子浮揚についても検討し,液液界面での実験が量子浮揚の直接観察に適しているとの結果を得た.また,表面粗さがカシミール力に及ぼす影響についても検討を始めた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
量子電磁気力の一種であるカシミール斥力を用いて,固着を予防することが本研究の目的であるが,そのためにはカシミール斥力が作用している状態の物体を詳しく観察しなければならない.そこで,本研究では浮揚物体としてナノテクノロジーで良く使われる金粒子の観察を目指している.使用した金粒子は600ナノメートルで,金属顕微鏡を用いて暗視野法で観察を行っている. 浮揚技術で重要なのは表面とのクリアランスである.そこで,石英とブロモベンゼン内に分散された金粒子に作用する力を計算し浮揚距離を求めた.ここで注意すべきことは,浮揚している金粒子が静止していない点である.金粒子は常にブロモベンゼン分子の衝突を受けているためブラウン運動をしている.特に,浮揚している場所が表面近傍であるため,その影響を正しく考慮しなくてはならない.最初に,表面に平行なブラウン運動について考察した.表面近傍ではブロモベンゼンが石英とより強く引き合っているため,水平方向の運動が抑制される.これは金粒子からみると見かけ上粘性が大きくなったようになり,拡散係数に大きな影響を及ぼす.そこで,拡散係数が浮揚距離によりどのように変化するかを考察し論文として報告した.また,垂直方向のブラウン運動についても考察した.カシミール力は表面のごく近くでは斥力から引力に変化するため,垂直のブラウン運動により表面近づき過ぎると浮揚できなくなって表面に固着してしまう.これは確率的に起こるため,浮揚が継続する時間が応用上重要となる.そこで,モンテカルロ法を利用して金粒子の半径と浮揚時間の関係を調べ,球が1ミクロンメートル程度あれば十分長い時間,浮揚が持続し得ることを論文に示した. 最後に実験に関して液中の不純物が観察に支障を来しておりその点を解決できなった点が次年度の課題として残った.
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今後の研究の推進方策 |
シクロヘキサンと水界面近傍における金粒子のブラウン運動を観察する.シクロヘキサン中に分散された金が水との界面に近づくとカシミール斥力を受け,理論上ではカシミール斥力は重力と拮抗し金粒子は浮揚する.しかし,液液界面には未解明の現象が多く詳細な観察と理論解析が必要である.とくに注目すべきことは,水が極性分子であることで発生する電気泳動力が重力を凌駕する引力源とならないか検証する必要がある,また,界面で生じるキャピラリーウエーブが浮揚に及ぼす影響も考慮しなくてはならない.そのため,界面における単一ナノ粒子を暗視野顕微法で観察する方法を確立する.具体的には,不純物の除去,界面で散乱される光の除去,さらに,単一ナノ粒子のトラップ技術の開発が必要とされる. 実験と並行して理論的な解析も進める.現在のところ球体と平板との間に作用するカシミール力を厳密に計算することはできず,何らかの近似計算が必要となる.金粒子の半径に比べて,浮揚距離が十分小さい場合は比較的容易に計算できるが,浮揚距離が大きくなると膨大な計算量が必要となる.しかし,これまでの概算では,金粒子の直径が100ナノメートル程度であれば,浮揚距離は100ナノメートル前後になる可能性が高く複雑な計算が必要と予想される,そのため独自にプログラミングを行い,正確な浮揚距離を導出を目指す.その上で,冒頭に記した問題について考察する.加えて,表面粗さがカシミール力の距離依存性に及ぼす影響についても調べる.
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次年度の研究費の使用計画 |
量子電磁気力の一種であるカシミール斥力を用いた浮揚により固着を防止するには,浮揚物体の直接観察が欠かせない.当初,真空中の浮揚を対象としていたが,真空中よりもより強いカシミール斥力が発生する系を探索すべきと考え,気液相や液液相も候補の対象として探索範囲を拡げた.その結果,金粒子の浮揚を関するには液液界面が最適であるとの結論に達した.真空中における応用先と液中とのそれとは異なるが,共に量子電気力を使う点で共通しており,現時点は後者の方がより実現可能性が高く応用範囲も広いと考えた.液液界面の浮揚観測装置の一部は今年度に完成したが,ブラウン運動の軌跡を計測することができず,その機能開発費を次年度に残したため,使用額に差が生じた. 現在使用している金属顕微鏡は落射型であるため界面からの散乱光により,コントラストが低下している.また,対物レンズの焦点距離が小さいため,界面から離れた場所を観察できない.また,ステージの移動が手動であるため精密な位置決めができない.そこで,照明部分を分離して,入射光と金粒子からの散乱光が直交するように改造し,超距離対物レンズを新規に購入する.また.試料台をピエゾステージで精密に移動できるようにする.
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