分子動力学(MD)計算をより速く実現するためには、対象とする物理系のエネルギー関数の極小点や,定義される力学系に由来した系の遅い時間発展に向き合い,統計力学的記述を可能にしたまま,この問題を解消する必要がある.このために,張アンサンブル手法の一手法であるdouble density dynamicsを構築した.これにより,物理系とそれに関連するパラメタ系を含む全系の確率論的記述が可能になり,かつ,パラメタが力学変数となり物理系とカップルすることで,物理系の時間発展を加速する事も可能になる.本手法の理論的詳細を明らかにし,その応用可能性について検討した.さらに,具体的にパラメタとして温度をとる事で,その効果を数値的に検証するとともに,特有の理論的性質として,物理系の温度平均値と,力学変数としての温度の平均値とが一致する事も示した.さらに,本手法における統計的性質,力学的性質,状態サンプリング効率等について,水中蛋白質系等で調べ,その有効性を確認した.当該手法はベクトル場が良い性質を持っているため,効率的数値積分法が構築できた. MD計算をより速く実現するためのもう一つの重要な要素は,長距離相互作用計算の低コスト化である.実際,MD計算の大部分の時間がこの計算に費やされる.但し,取扱いがデリケートな静電相互作用に関しては,十分な計算精度を保ちつつ低コストする事が必須である.このために,十分な低コスト化が実現できる方法としてzero-multipole summation法を本研究で開発してきた.今年度は,その手法の精度検証を水系及び強誘電結晶を用いて実行し,熱力学量,誘電性,力学性質,静的性質,及びエネルギーについて十分な精度を有する事を示した.また,パラメタ依存性や誘電率補正計算手法についても明らかにした.さらに,本手法と他のnon-Ewald法との関連について考察を進めた.
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