研究期間を1年延長したことで,いままでの研究を他分野への応用を図りながらこれまで未解決だった部分の整理をまとめて次のステップへの礎を築くことができた.まずひとつの応用貢献としてMental Lexicon (脳内辞書)がなすネットワークの構造解析,および,数理モデリングを,心理言語学に従事する研究者である甲南女子大の田中幹大氏らともに行なった.たとえば言語における単語と単語は状況に応じてある確率で繋がると考えられるが,これはグラフでいう頂点同士の隣接関係ととらえることもでき,つまりはある種のランダムグラフでモデルができるのでは,と考えた.もちろん,ここに複雑系ネットワークの要素が絡んでくるのはいうまでもなく,その仮説を用いた先行研究も多々あるが,今回我々は,実際に学生を対象に実験をしてそこから得られるデータから,脳内辞書において複雑系ネットワークの香りを引き出すことに成功した.さらなる課題としては,脳内辞書をスペクトル幾何で解析,たとえば酔歩もしくは量子ウォークを走らせることで情報の伝播具合,を確認したかったのだが,現状ではそれを引き出す実験設計すら考えついていない.この実装および解析に関しては今後の課題としておく. 従来からのメインテーマに関する主な業績としては,量子散乱応答問題として提起したモデルに対する定常状態の存在に加えて,観察される表面散乱状態(実際には内部に浸透し,内部定常状態を作っている)がその内部有限グラフの幾何構造によらない,という直観に反する結果が得られたことを挙げておく.この現象の解釈として,数学および物理的な側面からアプローチすると,一つは古典的回路問題,一方ではドレストフォトン,というこれまた相反しそうな概念で語れるところが興味深い.単純なモデルながらさまざまな現象を含蓄していると思われ,今後の詳細な解析が新たな解釈を生んでくれると期待している.
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