研究課題
近年、様々な大質量星および大質量星クラスターの観測サンプルの増大により、より統計的な議論が可能になってきた反面、様々なタイプの大質量星が発見されており、その進化シナリオはこれまで提唱されてきたものと異なる様相を呈している。本研究ではその問題を解決すべく、新しい観測手法を用いた研究を推進している。平成27年度は研究計画に記載した内容の中で、これまで行ってきた大質量星クラスター研究のための探索サーベイ観測の結果について再度データを見直し、詳細解析を中心に行った。我々の観測領域は星間物質による減光が大きな領域であることが特徴的である。これらは物理環境が異なる複数クラスターのサンプルであり、特に金属量に着目した質量放出の議論が可能となっている。現在各領域毎にその特徴をまとめた論文と、質量放出に特化した論文を作成中である。尚、計画書に記載した追加のデータを取得するための観測は、当初予定していた東京大学アタカマ天文台mini-TAO望遠鏡ならびに観測装置、周辺環境整備の不良により遂行することができなかった。研究課題のうち、新規開発項目については以下のような進展があった。分光器は低温・真空で用いられるため、分光素子の駆動機構として、非接触型の駆動素子を用いる必要がある。平成27年度はその原理としてボイスコイルモータを用いた機構の検討・設計・製作・特性試験を行った。低発熱・低ヒステリシス・高出力等の条件を満たすため、コイルに超伝導線を用いる、また磁石に特殊材料を選択するなどの工夫を行った。性能実証器を用いた試験の結果、材料の物性値や最適な設計パラメータが分かってきた。これを基に要求を満たす駆動機構の基本的な設計概念が構築されつつある。現在は既に設計が終了している光学素子と合わせた最終的な分光器の設計・製作へと進められる状態になっている。
4: 遅れている
提案している研究計画の中、近赤外ファブリ・ペロー分光器の開発が遅れている。この分光器はエタロンと呼ばれる高い面精度を持った2枚の光学素子の平行度を保ちながら変位させることが、高い分光性能を達成・維持するために重要である。同様の目的で開発を行っている他の共同研究では、これを極低温・真空下で行うことが必須である。このような環境で動作させるには、駆動系に対する要求が高いものになる。それにはボイスコイルモータに用いられる線材や磁石の選定は勿論、モータの構造などにも様々なパラメータ出しが必要である。そこで平成27年度は材料の物性を実験的に得るための基礎実験に多くの時間を費やすこととなった。結果として、使用する線材や磁石の物性的な基礎データの取得をすることができ、これは今後開発を行う上で非常に重要な情報となった。新しい観測データの取得については、観測を計画していた東京大学アタカマ天文台の運用体制の制限や観測環境の未整備などにより行うことは出来なかった。必要なデータを取得するのに最適なチリ・チャカントール山山頂に設置されているmini-TAO望遠鏡の運用には多くの事前準備項目と費用が必要である。TAO6.5m望遠鏡の建設が本格化してきた現在、mini-TAOにその費用と人的リソースを投入することは難しい。そのため、新たな観測によるデータ取得は行わず、これまでに取得したデータの詳細解析や他の観測所での観測に方向性を変えることで、本課題の目標達成を考えている。
分光器の開発については、前年度までの開発研究の状況を受け、今年度早期に実機のための駆動素子の設計を行い、製作に移る。光学素子の光学設計およびそれを駆動するための分光器の概念設計は終了しており、これらと組み合わせて分光器として完成させる。性能評価試験の後、実用機として試験観測まで実施することを目標とする。試験観測は、現在運用されている赤外線装置(ぐんま天文台150cm望遠鏡近赤外線カメラ)の前置光学系として搭載することを考えている。冷却光学系(クライオスタット内)へのインストールが最適であるが、望遠鏡および装置の運用の都合を考慮して最適解を検討中である。新しい観測におけるデータの取得はmini-TAO望遠鏡の当面の運用体制を鑑みるに難しい状況であるが、これまで取得したデータを用いることで当初の研究目的の達成やサイエンスの新たな展開へと進めることができると考えている。近赤外狭帯域フィルターから得られる2色図からは、大質量星クラスターを構成する多種多様な天体のタイプ分類が高精度で可能であることがわかっている。また色(1.87ミクロン超過)vs Ksバンド等級図から、大質量星の進化段階の違いや金属量の違いによる質量放出の定量的評価に関する情報が得られることを見出した。これらはこれまでの先行研究では明らかにされていない知見を含んでいる。今後はこれらの結果を系統的にまとめた上で、投稿論文として早期に公表する予定である。また、可能な限り国内外の観測装置を利用して、必要なフォローアップ観測も積極的に行っていく。
平成27年度は駆動素子の物性を調べるための基礎実験を中心に行ったために、前年度までに購入予定であった分光器実機用の光学素子(エタロン)の購入は慎重を期して平成28年度へと先送りした。それに伴い、分光器の製作費および、制御系の整備費用も平成28年度に回すこととした。観測を予定していたチリへの渡航費は、観測が中止となったため使用されなかった。(一部、情報収集・研究打ち合わせの費用として使用。)引き続き国内外での観測および情報収集、研究会・学会への参加、研究打ち合わせなどの旅費に充てる。論文という形での研究成果の発表(投稿)費用は、計画そのものの先送りのために、次年度へと繰り越している。
物品費として分光器の光学素子(エタロン)の購入が最も主たる支出となる。併せて、分光器製作費および制御系の整備も物品費として計上する。これには制御電気系(アンプ等)の周辺機器も含む。その他物品費として実験の測定環境の整備および解析のための計算機、データストレージ等の購入も行う。旅費として、最新の機器開発の情報収集のための国際研究会への参加も予定している。さらに観測提案の採択状況に応じて、国内外の観測渡航のための旅費、および研究打ち合わせ、研究成果発表のための旅費も併せて計上する。さらに人件費・その他の費用は、データ解析のための補助(謝金)や研究の最終成果公表のための論文投稿費として使用する。
すべて 2016 2015 その他
すべて 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件) 学会発表 (2件) 備考 (2件)
The Astrophysical Journal
巻: 817 ページ: 145-167
10.3847/0004-637X/817/2/145
巻: 802 ページ: 84-94
10.1088/0004-637X/802/2/84
http://www.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/TAO/index.html
http://www.ioa.s.u-tokyo.ac.jp/kibans/anir/