研究課題/領域番号 |
25400266
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研究種目 |
基盤研究(C)
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研究機関 | 九州歯科大学 |
研究代表者 |
河野 通郎 九州歯科大学, 歯学部, 教授 (40234710)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 3体力 / 核物質の飽和性 / カイラル有効理論 / G行列 / スピン軌道力 / テンソル力 / 核物質計算 / 核物質の状態方程式 |
研究概要 |
私たちの世界の物質を構成する基本的要素である原子核を、陽子と中性子がそれらの間の相互作用により束縛系を形成する量子多体系として捉える描像は有用である。しかし、半世紀以上の原子核の理論的研究において、散乱実験で明らかになっている核子間相互作用に基づいた理論的記述では原子核の基本的性質である飽和性が再現されてはいない。3体力が必要であることは現象論として予想されていたが、近年3体力を系統的に導入することのできるカイラル有効理論が発展し、この問題に対して定量的な考察が可能になった。 本研究課題では、2体力に対して整合的に記述されるカイラル有効理論の3体力を用いて、一つの核子の自由度については積分を行って2体化するという処方を導入して、核子が一定密度で無限に広がった仮想的な核物質において標準的な量子多体計算(G行列計算)を行い、これまで2体力のみでは説明不可能であった飽和性が自然に説明され、また原子核の構造として基本的な殻構造をもたらすスピン軌道力の強さも説明可能であることを明らかにすることができた。 カイラル有効理論では、パイオンの自由度を残し、それより小さなスケールの物理は簡単なパラメーターで記述するが、対象とする原子核の記述はそのスケールの設定には依存すべきではない。2体力のみではスケール依存性が大きいものの、3体力まで考慮するとその依存性が小さくなるという望ましい結果になることも併せて示すことができた。 これらの定量的記述の成功に基づき、3体力が予言する効果を原子核の構造や反応の様々な側面で検証する課題を具体的に展開する基礎を固めることができた。散乱問題の記述については、九大グループと協同で具体的な計算を進めることができ、3体力がもたらす効果、特にテンソル力の効果が、これまで不十分であった実験データーとの対応を改善するという知見を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
核子と核子の散乱を精度よく記述する核子間相互作用から出発して、原子核・核子多体系の基本的な性質である飽和性と、殻構造をもたらす強いスピン軌道力の原因を理論的に理解するという原子核理論研究の長年の課題について、2体力と整合して導入されるカイラル有効理論の3体力を用いて微視的な計算を行い、それらの性質が現象的調節を行わず再現されることを示すことができた。これらの結果は、論文として Physical Reviw C に発表している。 この研究結果は、カイラル有効理論に基づく2体および3体の核力記述が定量的に信頼でき、そして予測性の高いものであることを示したものであると考えられる。したがって、原子核の様々な性質を微視的かつ定量的に予測する基礎を与え、これまでの様々な現象論的記述を改善する方向に示唆を与えるものであり、次年度以降の研究の課題設定を具体的に行う基礎が得られた。 現在、世界の各地の原子核実験施設で、これまで自然界には存在していなかった原子核が実験的に作り出され、量子多体系の新しい存在様式としてその性質に興味が持たれている。また、超新星爆発などの観測により、中性子星として存在する中性子およびその他のバリオンが作る核子多体系の状態方程式の性質についても、より詳細なデータが得られつつある。原子核の飽和性の成り立ちの微視的な理解は、バリオン多体系の多様な存在形態を理論的に定量的に予測し、ハイペロンなどを含むバリオン間相互作用の性質との関係を明らかにしていく今後の研究につながる研究成果である。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの計算は、核子が一定密度で無限に広がって存在する仮想的な系である核物質においての計算により飽和性を議論した。核物質における飽和性の理解が、表面を持つ現実の原子核の理解にとって重要であることは、原子核研究の歴史の中で確立しているが、有限の原子核で量子多体理論に基づく計算を実際に行うことも併せて必要である。酸素やカルシウムのような比較的軽い原子核において、そのような微視的多体計算を行い、基底状態や低い励起状態の構造における3体力の寄与とその特徴を具体的に考察する研究を行う。そこでは、研究計画で述べたように、量子多体理論における3体力を正しく扱う方法を開発する問題に取り組まなければならない。これらの課題では、他大学の研究者との共同研究を発展させることを心がける。 核子と原子核の散乱や原子核と原子核の散乱・反応の記述における3体力の効果については、これまで九大グループとの共同研究で明らかにすることのできた望ましい結果を出発点として、それらの過程の記述を全面的に再検討する課題に引き続き取り組む。 中性子星として存在する高密度のバリオン多体系では、核子以外のバリオンとしてハイペロンが析出するかどうかが、系の状態方程式の性質に大きく関係する。最近、太陽質量の2倍程度の重い中性子星が観測され、従来用いられてきた状態方程式では説明不可能であることがわかってきた。高密度バリオン系では、ハイペロンと核子の相互作用においても3体力の寄与が重要となることが予想される。核子の場合に行った手法の延長上でハイペロンの関与する3体力の強さを微視的に考察し、中性子星物質の状態方程式における3体力の斥力的寄与の大きさを評価し、重い中性子星の現象論的記述との関係を明らかにする課題も手掛ける。
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次年度の研究費の使用計画 |
当初、初年度6月にイタリアで開催される核物理学国際会議に参加する計画を立てていたが、科学研究費の採択が明らかになったときには講演申し込みの期限が過ぎていたことと、本務校および非常勤の講義スケジュールの変更が困難であったことにより、この国際会議には参加せず、次年度にカナダで開催される別の核構造国際会議への参加に変更した。 旅費としての支出は、国内での日本物理学会とハワイでの日米合同物理学会(核物理)への出張旅費、九大と行っている共同研究打ち合わせのための小倉‐箱崎間の交通費、所属が大阪大学核物理研究センターに変わり協同研究員として核物理研究センターに北九州から大阪大学に出張する旅費、およびバンクーバーで7月に開催される核構造国際会議に参加する旅費を予定している。
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