本研究ではバルク結晶でありながら圧力下でグラフェンと同様の線形分散を持つことが知られている有機導体を対象として圧力下熱伝導度測定を行い,ディラック電子系特有の熱伝導の振る舞いを実験的に明らかにすることを目的とする.本研究はグラフェンでは正確な測定が困難な熱伝導度測定をバルク結晶としてディラック電子系を実現した有機導体を用いて行おうとするもので,圧力下熱測定のなかでも極めて困難な熱伝導度測定技術を開発するという点において大きな技術的挑戦でもある. 初年度であるH25年度は,本研究の対象となる有機導体alpha-(BEDT-TTF)2I3の単結晶試料を電解法により作製し,黒色・板状の良質な結晶を得ることができた.また,本物質では15kbar以上の高圧力を加えることではじめてディラック電子系が実現するため,実験は高圧下で行う必要がある.試料の加圧にはクランプ式の圧力セル(材質:MP35N)を設計し,これを用いた. 本物質では磁場下において,ディラック電子系特有のランダウ準位を反映して特異な磁気抵抗効果や巨大なネルンスト効果が発現する事がすでに分かっている.熱伝導度の測定においてもこれらの現象と関連する特異な振る舞いが期待されるため,新たに作製した試料を用いて磁気抵抗・ネルンスト効果の測定を行った.これにより,以前の報告を良く再現するデータを得ることができた. H26年度は,本試料の圧力下熱伝導度測定を目指し,従来の手法より容易に試料のセッティングが可能となるように,複数の熱電対をパターニング形成したフィルム状のカロリメーターの作製の可能性について考察し,最適なフィルムの選定や熱電対の微細加工による作製を検討していたが,年度途中に体調を崩し,ここで研究を中止することとなった.そのため,本物質におけるディラック電子の熱伝導度測定には至らなかった.
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