研究実績の概要 |
鉄系超伝導体においては、超伝導転移温度以上から、電子系が結晶構造より期待される回転対称性を自発的に破る電子ネマティック秩序状態が実現されていると報告されている。しかし、昨年度まで測定を行ったBaFe2As2は、構造相転移とほぼ同時に磁気相転移を示す。そのため、その異方性の起原が、磁気揺らぎによる非弾性散乱や、格子欠陥や不純物の周りの局所的な磁気秩序による弾性散乱など、スピン散乱に関連して議論されてきた。一方、構造変化に結合した軌道揺らぎが電子状態の異方性に寄与しているとも報告されており、異方性の起源を解明は重要である。 AlCl3, KClフラックスを用いた低温合成のFeSeは、結晶欠陥が非常に少なく、また、構造相転移に磁気相転移を伴わないために、本質的な電子ネマティック秩序状態を観測するのに適した物質である。本年度は、FeSeを用いて熱起電力の異方性の測定を試みた。 BaFe2As2においては相転移温度以下のみで明瞭な異方性が見られ、抵抗率に見られる相転移以上の異方性は異方的な不純物散乱によるものだと考えられる。一方、FeSeの熱起電力の異方性は非常に小さく、構造相転移温度において明瞭な異方性の変化は見られない。また、相転移温度よりも高温から異方性が現れ、構造相転移温度で連続的に異方性が大きくなっている。このことより、FeSeにおいては構造相転移温度以上からネマティック秩序が発達しており、BaFe2As2においては、非常に大きな異方的不純物散乱に、本質的な電子ネマティックによる異方性が隠されていると考えられる。
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