研究実績の概要 |
本研究では,クマル酸誘導体の電子励起状態の無輻射過程について,実験と理論計算の両面から検討した。対象とした分子は,p-, m-, o-methoxy methycinnamate (p-MMC, m-MMC, o-MMC) である。実験では,超音速分子線で冷却した各気相分子の電子スペクトルを,共鳴イオン化あるいはレーザー誘起蛍光法で測定した。また,電子励起状態の寿命を,蛍光の減衰曲線やピコ秒レーザーによるポンプ-プローブ法により減衰曲線を観測し,レーザー巾を取り込んだコンボリューション法により減衰曲線をフィットして決定した。その結果,p-MMCは,S1電子状態の寿命が零点準位で280 ps で,エネルギ-が増えるに従い短くなり500 cm-1 高エネルギ-側で13 psと著しく短くなることが分かった。一方,m-MMCやo-MMCは,S1電子状態の寿命がm-MMC で27~ 16 ns,o-MMCで10~7 ns とp-MMCに比べ長くまた明瞭なエネルギ-依存性はみられなかった。また,p-MMCについては,水分子との1:1錯体を形成し電子励起状態の寿命を測定したところ,二つの異性体の零点準位で21 ps , 35 psとなり,どちらも単体に比べ短くなることが明らかになった。この実験結果に対して,S1電子励起状態からの初期無輻射過程のルートとして①S1電子状態ポテンシャル上でのトランス体からシス体への異性化座標に沿ったエネルギー変化,②S1(ππ*)状態から1nπ*へのポテンシャル交叉を通した内部転換(IC)について,励起状態の断熱エネルギー準位,およびポテンシャルエネルギー曲面を信頼度の高い量子化学計算で求めた。その結果,メチルシンナメート酸誘導体のS1(ππ*)励起後の初期緩和過程が,トランス体→シス体への異性化がもっとも有力であると結論し,論文を米国物理学会誌J. Chem. Phys.に発表した。また,低温マトリックス単離赤外分光を行い,p-MMCが紫外励起で実際にトランス→シス異性化が起きていること、また光によう逆反応も可能であることを実験的に示した。
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