研究実績の概要 |
桂皮酸誘導体は、自然界ではPhotoactive Yellow Protain の発色団として働き、また植物表皮を構成し紫外線遮蔽の役割を果たすリグニンの成分である。また身近な例では、紫外光による日焼けどめ化粧品として使われている。これら物質の共通の特徴は光誘起trans →cis 異性化であるが、現在までのところその詳細は明らかにされていない。本研究はこれら分子の異性化を含めた無輻射過程の機構を明らかにすることを目的とした。 実験は、超音速分子線/レーザー分光を用いた気相状態でのS0-S1電子スペクトル観測、S1状態の寿命測定、および水分子との錯体形成による変化を調べた。また、低温マトリックス赤外分光により異性化生成物の観測を行った。並行して理論計算を行い、S1電子状態からの可能な無輻射緩和ルートの探索と実験結果の解析を行った。実験対象とした分子はo-,m-,p-hydroxy methylcinnmate(HMC)、および o-,m-,p-methoxy methylcinnmate(MMC)である。さらに propenyl 基の回転をblockしたrotation blocked pMMC (RB-pMMC)を合成した。 まずS1電子状態の寿命を測定した結果、o-,m-HMC および o-,m-MMCともに数ナノ秒~10ナノ秒の寿命で励起エネルギ-依存を示さない一方、p-MMCはS1オリジンの寿命が280ピコ秒と短く励起エネルギ-とともに著しく短くなることが分かった。また、p-HMCではS1オリジンが8ピコ秒とさらに短い寿命であった。p-MMCのカルボニル基にH2Oを水素結合させると、S1状態寿命が更に短くなった。これらの結果と量子化学計算をもとに解析した結果、これら分子には、trans体のS1状態から直接cis体に異性化するルートとS1→1npi*の内部転換ルートが競合し、水素結合によりそのバランスが変わると、結論した。
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