研究課題
本研究の目的は、研究代表者の開発した楕円鏡型蛍光検出円二色性(FDCD)測定装置の実用化である。この装置を使えば、従来のFDCD測定装置で問題となっていたニセ信号の影響を、常に回避できる。本研究の前に、これをタンパク質へ適用すると、ペプチドを含む混合物中でも特定のタンパク質だけを選択的に観測して、三次構造の変化を鋭敏に追跡できることを明らかにしていた。実用化のために、(1)微量のタンパク質でも測定可能とし、(2)得られたスペクトルを解釈可能とすること、を目指した。前年度に試作した第一世代の少容量セルでは、試料の必要量を従来比1/10程度に抑えることには成功したが、タンパク質に適用するには蛍光偏光の解消が充分でなかった。今年度は第二世代の少容量セルとして、試料口での散乱光を遮断でき、かつ光量調整マスクを兼ねるカバーを取り付け、少容量化以前のセルと同程度の蛍光偏光の解消に成功した。第二世代の少容量セルを開発した際、タンパク質のFDCDスペクトル生データの形状に装置依存性があることが分かった。そこで小分子およびタンパク質試料の両方を用いて種々検討し、この装置依存性はデータ処理過程を工夫することで解消できること、この装置依存性をなくしたデータでもタンパク質の三次構造変化をFDCDにより容易に追跡できること、を明らかにした。タンパク質の立体構造解析において、得られたFDCDスペクトルとタンパク質の立体構造との相関を明らかにするため、オリゴプロリンの棒状配座を利用した単純なTrp含有ペプチドのライブラリーを合成した。このとき相互作用すると予想されるペプチド鎖の長さ(プロリン残基の数)を変化させた。このライブラリー解析から、(1)Trpは近くのペプチド結合との相互作用をFDCDに反映すること、(2)Trpはこれとエネルギー的に相互作用するPheが示すFDCDのレポーターになること、が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
タンパク質の立体構造解析法の確立を目指す上で、当該研究で最初の目標であった試料セルの少量化を達成した。現段階では性能試験ではあるものの特に大きな問題は見当たらない。以後はスペクトル-構造相関の解析を進めるのと並行して、比較的量の少ないタンパク質に対しても、応用研究を視野に入れられるようになった。また、FDCDスペクトルの装置依存性とその対処法も明確になったことから、研究前にあった不明点も徐々に解消されている。タンパク質の立体構造の変化がFDCDスペクトルにどう影響するかを解明するために、単純なペプチドライブラリーの解析が有効であった。ただしこのとき、Trp含有ペプチドの場合だと、タンパク質の立体構造変化はすべてTrp由来の単一ピークに集約されてしまうことも分かった。本年度終了時点でこのピークへの集約を解く方法は分かっておらず、現在、蛍光ラベル化によりこれらの構造変化を分離し、スペクトル変化をきめ細かに構造変化へと翻訳する方法の検討を開始した。
まずFDCDスペクトル-構造相関の解明への方策として、蛍光ラベルを導入したペプチドライブラリーを構築する。蛍光ラベルの特性を利用することで、ペプチド鎖由来の相互作用と芳香族性残基由来の相互作用を分離し、タンパク質の特定の局所立体構造を意図的にFDCDで観測する方法を検討する。オリゴプロリンの棒状配座は、ペプチドの長さを変化させてFDCDへの影響を解析するのに有効であった。このライブラリーの基本骨格は変えずに、蛍光基としてTrpの代わりにダンシル基を検討する。ダンシル基は波長の異なる複数の電子遷移をもつので、ペプチド鎖と相互作用する電子遷移と、他の芳香族アミノ酸と相互作用する電子遷移を分離できると予想される。芳香族アミノ酸同士の相互作用に影響する可能性の高いFRETのモデル系を並行して用意し、それを対照させながらペプチドライブラリーのFDCDスペクトルを解析する。この複数のFDCD検出機構は1976年に理論的に予言されたものであり、今回のペプチドを用いた解析によって、初めて実験的に証明可能となる。併せて、FDCDの応用研究も検討する。タンパク質脱リン酸化酵素に注目している研究協力者の石田らは最近、カルモジュリン依存性タンパク質の脱リン酸化酵素と、それと相互作用するフィラメントタンパク質の大量発現に成功した。この制御系の構造-活性相関を明らかにするため、FDCDを適用する。このタンパク質制御系は、がん細胞の転移機構に関わる可能性が石田らの実験で示唆(未発表)されており、FDCDが新しいがん治療法の提案に役立つ可能性がある。光受容体のメカニズム解明のためレチノイン酸受容体への変異導入を得意としているBorhanとも連絡を取り合い、光受容体タンパク質の構造変化の解析にFDCDを応用する。
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