すでに置換基を有するベンゼン環に対する置換基導入反応は、先に存在する置換基による立体的および電子的な影響を受けるため、反応性や位置選択性、導入可能な置換基の種類に関して多くの課題を残している。しかし、異なる官能基を有する多置換ベンゼンは、有機機能性材料や医農薬品の開発、天然物合成などの研究分野における合成ビルディングブロックとして有用であり、その効果的な合成法の開発が強く望まれている。本研究は、準備研究において見出したフランとアルキンのDiels-Alder反応とそれに続く開環芳香族化を経る多官能性ベンゼンの簡便合成法をもとに、合成可能な置換パターンならびに有用物質の合成の可能性について検討することを目的とした。最終年度では、フランに代わる五員環ヘテロ芳香族基質として、芳香族性が比較的高いチオフェン、フランと同等の芳香族性が見積もられるホスホールについて検討したが、前者ではDiels-Alder反応が生起する一般的条件、後者ではホスホールの一般的合成法を見出せず、このアプローチによる硫黄またはリンを有する多官能性ベンゼンの合成には至らなかった。一方、前年度に見出したチオールの添加による3-ヒドロキシ-2-アルキルチオ安息香酸エステルの合成については、詳細な検討の結果、逆反応との競合があるものの、無機塩基の除去操作を行うことでニ段階反応として合成法を確立することに成功した。さらに応用展開として、導入した官能基を足がかりとする多環構造の構築について検討した結果、臭素とカルボキシ基が隣接するベンゼンに対して、ヒドラジンを作用させることによる1H-インダゾロン誘導体の合成、2-アミノフェニルボロン酸との環化によるフェナントリジノン誘導体の合成、また、アミド基を有するベンゼンからはエナミドへの変換後の分子内環化による多置換フェニルオキサゾール誘導体の簡便な合成法の開発に成功した。
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