本研究の目的は、類例のない平面六配位構造で安定化された四核錯体を反応場として、有機基質の分子活性化と多核錯体の骨格変換を理解することである。本研究で対象とする四核錯体は低原子価の白金、パラジウムの遷移元素と中性二価ケイ素(シリレン)、ゲルマニウム(ゲルミレン)を橋架け元素とする分子クラスターである。平面構造多核錯体は、二次元共役による異方的な多電子移動、中心部位の反応不飽和点の存在など、一次元鎖状構造とは異なる化学的性質を示す。高いσ電子供与能を示すシリレン、ゲルミレン配位子は、多核金属錯体の電子密度を高め、反応性に富むことが期待される。 最終年度の研究実績は、多核錯体の効率的合成法の開発、プロトン化による四核構造体の骨格変換を検討したことである。一般に、その精密合成は原子レベルでの反応制御を要するため、その合成法は困難であるが、適切なシリレン源(ゲルミレン源)を用いることで多核錯体を高収率で合成した。プロトン化反応では、二次元平面構造から一次元鎖状構造への骨格変換に関する新しい知見を得た。従来の多核錯体のプロトン化は金属間結合の開裂が生じるため、多核構造体を維持できない。遷移金属へ強固に配位するシリレン、ゲルミレン配位子は、四核構造を維持したまま、骨格変換が進行することが最大の特徴である。シリレン配位子をもつ四核錯体のプロトン化反応は、アニオンの化学的性質に強く依存した。ボレート塩のような非配位性アニオンでは、平面構造が維持された比較的安定な付加体を与えた。カルボキシラートのような配位性アニオンでは、一部の平面構造が変換された準安定な開環体を与えた。一方、ゲルミレン配位子をもつ四核錯体のプロトン化は、Pd-Pd結合開裂に伴う鎖状四核錯体を形成し、かつ、これが反応温度に依存する可逆性を示した。これらの結果により類例のない多核錯体の骨格変換を理解することができた。
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