スピンクロスオーバー錯体を始めとした分子性金属錯体のスイッチング現象を利用した固体電子物性の外場制御への応用の成功例はわずかであり、物性変換や環境応答の巨大応答実現のためには継続的な物質開発を通しそれらのメカニズムを解明することが重要である。本研究ではスピンクロスオーバー現象のメカニズムを明らかにするため、(1)機能性配位子の開発、(2)分子間相互作用の導入、(3)既存金属錯体への外場印可という3通りの方法で検討を行ってきた。 昨年度、(2)の検討から本来配位子場が弱くスピンクロスオーバーを示さないと考えられる配位子を用いた鉄(III)錯アニオンがスピンクロスオーバーを示すことを発見した。そのメカニズムを明らかにするため、各種誘導体の合成、結晶構造解析と物性測定をおこなった。その結果、分子レベルのスピンクロスオーバー現象は配位子の持つ配位子場が担っており、固体のスピンクロスオーバー現象は分子間相互作用と分子パッキング効果に依存することが明らかとなった。さらに分子間相互作用の中でもクーロン力と分散力はスピンクロスオーバー分子の隣接スピン状態を揃える相関(協同性)に全く寄与せず、πスタッキング相互作用をはじめとした異方性を持つ弱い分子間相互作用により協同性の実現が可能であることを鉄(III)錯アニオンの配位子を用いた中性錯体を設計合成することで実証することに成功した。この結果は、分子性固体のスイッチング現象、つまり固相転移を実現するための設計指針につながる知見と考えられる。 一方、(1)に関して新規複合機能性を有する電子受容性配位子の開発にも成功した。磁性金属錯体との配位高分子錯体、有機酸とのプロトン性錯体の合成と結晶構造解析に成功し、今後分子性スイッチング錯体への応用展開が期待される。
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