これまで行ってきたレーザー蒸着の条件を再検討し、窒素雰囲気の圧力や蒸着時の基板温度を変化させて窒化鉄薄膜を生成した。その結果、ほとんど格子欠陥や不純物を含まない岩塩型窒化鉄を作り出すことに成功した。ただし、室温で測定したメスバウアースペクルにはダブレットピークがみられ、電場勾配がわずかに残っていることが明らかとなった。岩塩型窒化鉄と同様の構造をもつウスタイトFeO固体でも同様の結果が見られることから、ウスタイトと同様の解釈をすることができると判断した。つまり、この電場勾配はわずかに残った格子欠陥が室温で強調されて現れると解釈した。これを確認するために、低温での測定を行ったが、長周期的な格子欠陥による50 Tの磁気分裂は見られず、電場勾配もほとんど消失することを確認した。高純度の岩塩型窒化鉄が得られたと判断し、この試料を用いて、低温(6 K)から室温(300 K)までに温度変化させながらメスバウアースペクトルを測定して、ネール点を測定した。その結果230 K にネール点が現れることを明らかにした。また、エックス線回折を測定し、岩塩型窒化鉄の構造を仮定して得られる理論的計算値ともよく一致することを確認した。さらに、岩塩型窒化鉄の磁気構造を密度汎関数法によって計算し、内部磁場の値が理論値とよく一致することも確認した。 さらに、ここで用いたレーザー蒸着の手法によって、他の化学種によって構成される化合物薄膜を探索した。その結果、窒化鉄薄膜自体は基板の化学組成にほとんど影響を受けないが、蒸着した鉄原子と基板自体との反応によって化合物が得られる場合があることが明らかとなった。特に、テフロン基板上に鉄をレーザー蒸着すると、FeF2とFeF3が生成し、基板温度によって組成比を制御できることを明らかにした。
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