遷移金属錯体を触媒とするクロスカップリング反応は現代の合成化学には不可欠な技術であり、今日では医薬品や機能性材料の合成に幅広く応用されている。 これまでに触媒活性を向上させるための様々な研究が行われてきたが、近年では配位子L(主にホスフィン類)の構造的特性が及ぼす効果に注目が集まっている。クロスカップリング反応は、ドナー性が高く、立体的に嵩高いリン(ホスフィン)配位子によって活性化されることが知られている。このような観点から多くの研究が行われ、効率的な触媒系が構築されてきた。我々は、かさ高く、ドナー性が高いリン配位子に向けた新たなアプローチとして、超原子価結合の電子的・立体的性質を利用することを計画した。具体的には、(1) 電子的な観点では、三方両錐構造が持つアピカル結合が強く分極、すなわち電子豊富な状態にあることを利用し、(2) 立体的な観点では、5配位リン化合物(ホスホラン)に一般的な三方両錐構造の嵩高さを利用する。(1) のコンセプトの実現のために、ホスファトラン型のリン化合物の合成を検討した。これまでに、トリス (2-ブロモベンジル) アミンをトリメタル化したのちに三塩化リンと反応させることでホスファトラン化合物の合成検討を種々行ってきたが、目的化合物の単離には到らなかった。そこで (2) の観点から検討するために、汎用性の高い三座配位子としてテルフェニルジオール配位子 (L) を用いて、一連のホスホラン化合物の合成を検討した。その結果、配位子の前駆体となる可能性のある、安定なメチルヒドロホスホラン (LPMeH) の合成および単離に成功した。更に、非常に珍しい化学種であるジヒドロホスホラン (LPH2) の生成を示唆する結果も得た。
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