本研究は,有機分子薄膜と金属酸化物の接合界面における励起電荷キャリアの移動速度に及ぼす有機分子の永久双極子モーメントの影響を検証し,キャリア移動速度を制御することを目的とする。 有機分子として,Ti=OとAl-Clを中心原子団として持つシャトルコック型フタロシアニン(双極子モーメントはそれぞれ3.7デバイと5.3デバイ)と,比較対象のために双極子モーメントを持たない銅フタロシアニンを選び,これらをn型半導体であるチタン酸ストロンチウム表面に吸着させた有機-酸化物接合界面を作製した。シンクロトロン放射光を用いた光電子分光法により界面の電子構造,バンドベンディング,仕事関数(電気二重層)を評価し,core-hole clock分光法により,フタロシアニンの非占有準位にある励起電子が酸化物表面に移動する時間を計測した。 吸着によるチタン酸ストロンチウム表面のバンドベンディングと仕事関数変化から,シャトルコック型フタロシアニンは電荷ドナーとして,銅フタロシアニンは電荷アクセプターとして働くことが明らかとなった。さらに,二種類のシャトルコック型フタロシアニンでは,双極子モーメントが大きいほど移動電荷量が大きくなることも示された。 分子の持つ双極子モーメントの違いは,励起電子の界面移動時間とも相関があることを見出した。軟X線照射によりN 1s内殻電子が非占有準位に励起された励起状態を創り出し,3種類のフタロシアニンで励起電子が基板表面に移動する確率(その逆数が遷移時間)を評価すると,双極子モーメントが大きいほどフタロシアニンから基板への移動時間が短くなることが分かった。 双極子モーメントの大きい有機分子層を有機-酸化物接合界面に挿入することで,有機薄膜から酸化物電極への電荷注入を促進できるという知見が得られた。これは,光電変換素子の高効率化の技術的方策として期待できる結果である。
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