本研究で用いる扇型分子に必要な性質として、(1)分子の長軸方向で相互作用できる置換基を有すること、(2)その置換基の相互作用は方向性を持って作用すること(3)生成する空孔の形状は内包物の種類や数によって変化しないことがある。従って、先の性質を満たす置換基には多点相互作用が必要となる。本年度の研究では、1つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子の合成を行い、その結晶中での分子配列および固体の光物性を検討した。 1つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子は、これまでに合成された2つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子とは異なった積層様式を与えた。2つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子は、アルキルチオ基の種類によらず、隣接分子のメトキシカルボキシル基が近づくように積層していた。一方、1つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子では隣接分子のメトキシカルボニル基が互いに遠く離れるように積層していた。固体の光物性を明らかにするために、扇型分子の粉末試料の拡散反射スペクトルを測定し、得られた反射スペクトルをKubelka-Munk変換により吸収スペクトルとして、他の扇型分子のものと比較検討した。1つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子は、可視光領域に分子由来の吸収を持ち、さらに近赤外光領域の1034 nm、1204 nmにも吸収を持ち、その吸収端は1420 nmであった。これまでの扇型分子で最も長波長吸収を持つものでは、996 nm、11150 nmに近赤外光領域に吸収と1320 nmの吸収端が観測されており、1つのメトキシカルボニル基を有する扇型分子では最大で100 nmの長波長シフトが起こっていることが明らかとなった。
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