本研究は,生体内や流体機械などの水素環境中での応用が期待されているTiNi形状記憶合金細線マイクロアクチュエータについて,長期使用の間における環境劣化挙動とそのメカニズムを実験的に解明することを目的とした.水溶液環境中で極細線の静的引張試験を行える試験システムと疲労試験システムを構築し,直径0.7mmと0.1mmの形状記憶合金細線に対して一定応力下と低ひずみ速度下での遅れ破壊試験,および種々の条件における疲労試験を行った. NaOH水溶液中で高電流密度の水素チャージを行った高水素濃度では,静的引張強度も疲労寿命も乾燥大気中に比べて低下するが,NaOH水溶液中でごく低電流密度の水素チャージを行った中水素濃度,およびNaOH水溶液中や純水中で水素チャージを行わない低水素濃度では,静的引張強度は低下しないのに対して疲労寿命だけが乾燥大気中よりも低下した. 高水素濃度の場合,疲労寿命を水素チャージ時間で整理すると,低応力振幅では同じ水素濃度の静的な遅れ破壊の寿命にほぼ一致し,水素環境劣化に支配される時間依存型破壊といえた.一方,高水素濃度でも応力振幅が高く疲労寿命が短い領域においては,水素環境だけでなく応力繰返しの疲労効果が加わり,遅れ破壊寿命より疲労寿命のほうが短くなった.中水素濃度および低水素濃度では,疲労寿命に対して水素環境と応力繰返しの両者が影響していた.また,乾燥大気中と純水中では疲労限の存在が実験結果から示唆されたが,NaOH水溶液環境中では水素チャージの有無にかかわらず疲労限が認められなかった. 破壊の微視機構を検討した結果,NaOH水溶液中で水素チャージを行った高水素濃度では細線表面から水素が侵入することによって表面に明らかな脆化層が形成され,時間とともに脆化層が厚くなるのに対し,中水素濃度と低水素濃度では明らかな脆化層が形成されないという違いが明らかになった.
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