本研究は非侵襲な血中グルコース濃度(血糖値)測定を目指し,フーリエ変換赤外分光器(FTIR),赤外光伝送が可能な中空光ファイバ,そして減衰全反射(ATR)プリズムを組み合わせたリモート分光システムの開発を行うものである.プローブの構成はフレキシブルな中空光ファイバ先端にATRプリズムを装着したものであり,任意の測定部位に容易にアクセスできる.対象としては血糖値を反映しやすい体表部として角質層を持たず,かつ毛細血管に近い口唇粘膜を選択し,その吸収スペクトルの取得および時間変化の解析を試みた. 本年度ではまず,ATRプリズムとして新たに導入したZnSeのプリズム形状についてさらなる検討を加え,反射回数を5→9回へと増大させた.この結果,接触面の増加によるプリズム押付圧力変動の安定化および反射回数の増加による大幅な測定感度の向上を達成した.台形型プリズムの上下面を口唇に挟んだ状態で測定した波長9.6ミクロン付近のグルコースの赤外吸収スペクトルでは,グルコースの構造に特有なピラノース環をはじめとする複数の比較的弱い吸収についても明瞭なピーク群が検出され,グルコース濃度のより正しい推量が可能となった.また,複数の被験者について糖負荷試験や通常の摂食前後の吸収スペクトルの変化を追跡し,その大きさが実際の血糖値の推移に追随して変化することを確認した. グルコースの吸収ピーク強度と,採血を伴う既存法により測定した血糖値との相関を,血糖値測定器の評価に一般的に用いられるクラークエラーグリッド上に示すと,その測定誤差は20%以下となり,「臨床的測定精度を有する」と評価される「領域A」に全ての測定点が存在し,本手法の有効性が示されたといえる.
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