最終年度は、18世紀の経験論哲学の英国新古典建築家における影響関係を考察した。経験論哲学ではD.ヒュームの『人間本性論』(第1巻、1739)と、建築書ではW.チェンバーズの『市民建築論』(改訂版、1791)に加え、R.アダムの『建築作品集』(第1巻、1778)も検討対象とした。経験論哲学との関係の検討から、英国新古典主義建築論を再考察されうると考えたからである。結果としては、①比例や構成という古典主義建築に基本論理に、経験にもとづく判断を加えた、②古典的比例論にもとづく構成の根拠が崩れ、ピクチュアレスクの美への関心が高められた、③連想という点では、想像の働きが考えと形を結びつけることをとおし、建築の起源からの展開を再考することにつながった、の3点に経験論哲学の影響を読み取ることができた。 チェンバーズは、①の判断に「fitness」の語をあてた。「程の良さ」といった意味と理解され、感性の反映がみられ、古典的比例論批判の根拠であった。③の連想という点で、かれは「fitness」の点から首肯する古代ローマ建築との、建築のみならず社会体制も含めた比較から、古代ギリシアの美的判断を批判する指向をもったことになった。 アダムは、作品ではオーダーの比例に幅を許容し、また細部に古代ギリシアのディテールをいちはやく採用したひとりで、経験にもとづく主体的判断の重視では、①の視点に作品をとおして到達した。ムーヴメントの理論も、相称性という古典的な構成を否定ではないが、表現に動きを与えることで古典的比例論にもとづく静的な印象を変えうることを指摘した。したがって、アダムの方向性は、広くみて②の範疇にあると判断できる。 ヒュームの思考が直接的に影響をもったとはいえないが、方法論的にルネサンス以降の古典的比例論とその構成を、方法論的に超えていく刺激を与えたことは確かであるといえる。
|