研究計画に基づいて裏目尺(√2倍の尺)による社寺建築の設計技法に関する研究をおこなった。 まず裏目尺によって設計された遺構についてはすでに一部の遺構では報告されていたが、実際には大変多いとことが指摘できた。その多くは柱間寸法や1枝寸法が通常の尺では端数のある値であり、これは尺の延びなどと解釈されてきたが、全体の規模に着目すると総間口は裏目尺で完数を得ることができた。この点は中世以前の尺の延びや縮みに関する根本理解を再考することになると思われる。 同時に、社寺建築の設計の流れについても解釈を根本的に再考する手掛かりとなった。これまで中世社寺建築は垂木間をまず定めそれを基準に柱間寸法を定めるという枝割制であると解釈されてきたが、実際にはまったくその逆で全体の間口を裏目尺で定めた後、整数比によって按分して柱間寸法を定めて、さらにそれを垂木数で割込んで最後に垂木間隔が決められることをはじめて論理づけられるようになった。これまで同様の指摘はあったが、十分に理論的な体系化がなされておらず、本研究で明らかにした裏目尺によって全体規模をまず定めるという仮説に用いると、社寺建築の設計の流れが、きわめてよく理解することができるようになった。 さら現代の枝割制の解釈に対し、にはじめに全体規模の決定をおこなうという考え方は、同一境内における各建物相互の規模の関係についても新たな解釈を可能にした。例えば寺院本堂と塔、鐘楼、門や神社本殿と拝殿、門などの規模は任意に定められているのではなく、その全体の間口は中心建物(本堂や本殿)を基準に定められていることを新たに指摘することができた。 以上これまで規矩術においてのみで使われると考えられていた裏目尺は、我国の社寺建築の設計において、多様な重要な役割があることを指摘できた。
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