本研究では,末端構造としてアミノ酸骨格をもつ遷移金属ジチオカーバマート錯体(以下dtc錯体と略す)の溶液中での分子間相互作用形成挙動をスペクトル的に明確にした。さらにその知見をもとにしてそれらのdtc錯体が分子間水素結合を駆動力に形成する錯体集積体を単離し構造を明らかにした。各種集積体の比較から,アミノ酸骨格と集積体構造との相関性について明確にした。 これらの結果からdtc錯体,特に中心金属がNi(II)あるいはZn(II)の場合,両末端に存在するカルボキシル基を基点としてさまざまな金属イオンを架橋できる能力を潜在的にもつ。この点を実証するために,dtc錯体と各種金属イオンとの反応についてスペクトル的に検討し,反応様式が金属イオンの親イオウ性によって次のように異なることを見出した; 1)単純な架橋配位子として金属イオンを連結する,2)金属交換により金属-S結合が入れ替わる,3)両者の混合。このうち,1)の場合に高次の集積体形成の可能性が最も高くなる。 このような性質を踏まえて,ジチオカーバマート錯体との間でプロトン授受が可能な官能基をもつ高分子とジチオカーバマートとの水素結合形成に関してスペクトル的に検討した結果,ポリビニルピリジンやポリビニルピロリドンのようなプロトン受容性高分子との間で顕著な水素結合形成を確認した。このような性質を利用し最適な溶媒を用いた場合には,両者が1:1の官能基モル比で水素結合し,複合化した沈殿生成物が析出することが明らかとなった。このような無機/有機複合体は高分子鎖をジチオカーバマートが架橋する構造を想定でき,新たな複合材料として期待できる。 同様な複合体は高分子固体上にジチオカーバマート錯体を溶液中から析出する手法によっても得ることができ,固体表面への錯体による新しい修飾法が明らかとなった。
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