ヘリウムガスを溶射ガスとするコールドスプレーにより,緻密なSUS316L溶射皮膜を成膜した.このSUS316L溶射皮膜に処理温度400℃から450℃において低温プラズマ窒化処理および浸炭処理をして,拡張オーステナイト相(S相)を形成した.また,窒化処理と浸炭処理の複合化処理である,(1)浸炭処理した後に窒化処理をする連続処理,(2)浸炭処理と窒化処理の同時処理,に関して耐摩耗性および耐腐食性を検討した. その結果,低温プラズマ窒化処理の単独処理は,浸炭処理と比較して形成したS相の耐摩耗性は高いが,膜厚は薄いことがわかった.一方,複合化処理によるS相の耐摩耗性は窒化処理と同等に高く,しかもS相の膜厚は浸炭処理と同等に厚いことが認められた.また,複合化処理によるS相の断面の硬さ分布は,硬さが表面から内部へなだらかに減少しているため,S相の剥離などが起こりにくいと考えられる.一方,耐腐食性に関しては,塩水中におけるアノード分極測定の結果から,SUS316L溶射皮膜に孔食が発生するのを抑制する効果が認められた.また,溶射皮膜中の貫通気孔による基材の腐食もほとんど認められなかったことから,耐摩耗性および防食性を有するコーティング皮膜として適用が可能になった. さらに,形成したS相の組織および構造に関して検討した結果,SUS316L溶射皮膜に形成したS相は,EBSDの測定結果から強い歪みを有していることが認められた.また,STEMの観察結果から,化合物などの形成は特に認められなかった.これらのことから,S相における硬化機構は,固溶による格子歪みが主因であると推察される.
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