水素脆化に直接影響を及ぼす局所強変形組織の力学特性を正確に把握することができれば,マルチスケールシュミレーションに基づいた強靭化設計が可能となり,安心・安全な社会の実現に大きく貢献できる.き裂の先端では強変形を受けて生来の組織とは異なる組織が局所的に発達する.特に,オーステナイト鋼の水素脆化においては,局所的に起こる相変態の役割が鍵となる.しかし,従来の材料試験では,未変形部が大部分を占める材料全体の平均的な特性しか評価することができない.そこで,本研究では,メゾスケールでの力学特性評価が可能なマイクロ材料試験によりき裂先端近傍に発達する組織の力学特性を直接評価するとともに,その変形挙動について金属組織学的手法を組み合わせて解析し,相変態を伴う水素脆化の機構を明らかにする.平成27年度は,未チャージ材および水素チャージ材において疲労き裂先端で発達した組織より,10μm×10μmの断面をもつマイクロ片持ち梁試験片を採取し,マイクロ曲げ試験を実施した.試験片長手方向に固定端から40μm離れた位置を押し込み荷重を負荷した.未チャージ状態で発達した組織はき裂進展が観察されなかったのに対して,水素チャージ材から採取した試験片では,微小な割れが観察された.水素チャージ材では疲労き裂進展時には,マルテンサイトの形成が局所的に起こることからマルテンサイト/オーステナイト界面が応力集中部になり,割れを生じたことが示唆される.一方,疲労き裂と基地組織との関係を調べた結果,水素チャージ材では双晶に沿ってき裂進展する傾向がみられた.そこで,双晶界面を含むマイクロ双結晶試験片を用いて引張試験を行ったところ,顕著な水素脆化を示した.双晶界面に沿ったき裂の生成にはすべりの関与が示唆される.これらの成果について国際誌論文4件,国際会議4件,国内会議3件の報告を行った.
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