研究課題/領域番号 |
25430001
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
伊藤 弘樹 東北大学, 生命科学研究科, 研究支援者 (00425612)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 脳 / ニューロン / 性的二型 / 求愛行動 / キイロショウジョウバエ / クロマチン / fruitless / 軸索投射 |
研究実績の概要 |
ショウジョウバエの転写因子であるFruは蛹期のオスの脳の約1%のニューロンに発現しオスの性行動を制御するオス特異的な神経回路を作る。その回路を形成するニューロンでは神経突起の投射、細胞数に性差が見られることからFruは軸索投射、細胞死、細胞周期を制御する遺伝子の発現を調節すると予想されるが詳細は未だ不明であり、本研究の目的はそのメカニズムを明らかにすることにある。 マウスの脊髄やショウジョウバエの腹部神経節の交連ニューロンではその軸索が正中線を越えて投射するか否かをRobo1が制御している(Cell 92, 205 (1998); Neuron 412, 213 (2004))。平成25年度はこのrobo1をノックダウンしたメス個体では性的二型ニューロンの一つであるmALニューロンの神経突起がオスの形に変化していること、さらにin vitro解析によりrobo1プロモーターにFruが直接結合しrobo1発現を抑制することを明らかにした。 平成26年度はさらに以下の事実を明らかにした。 1. robo1プロモーターをレポーターに連結したトランスジーンを持つハエを用いてin vivoでもFruがrobo1発現を抑制しFru結合配列の欠失によりこの抑制が消失することを確認した。 2. ゲノムのrobo1プロモーターのFru結合配列を欠いた変異体のオスではmALニューロンの性的二型を示す神経突起がメスの形に変化、すなわち神経突起が消失していた。 3. オスがメスに求愛する際、メスのフェロモンはオスの前肢の味覚受容細胞で検出後その情報はmALニューロンに伝わり、mALニューロンは左右どちらの肢からの入力が強いかを判別しメスに近い側の翅を振るように出力する(Curr Biol, 20, 1 (2010))。robo1プロモーターのFru結合配列を欠いた変異体オスはメスに対して左右の翅を交互に振り続ける異常な求愛行動を示すが、これはFru結合配列の欠失により消失した神経突起が左右どちらの肢からの入力が強いかを判別するのに重要な働きをしていたためと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
平成26年度までの主要な計画は以下の3つである。1. Fruの下流で性的二型ニューロンの性差形成を制御する遺伝子を同定する。2. Fruの結合配列を同定する。3. Fru標的遺伝子の人為的操作によりその遺伝子がニューロンの性的二型の形成、およびオスの求愛行動に果たす役割を明らかにする。以下にその進行状況を記す。 1. 約20のFru標的遺伝子候補をノックダウンし性的二型ニューロンに与える影響を調べた結果、軸索投射を制御する複数の遺伝子のノックダウンによって個体の性とは反対の性にmALニューロンの神経突起が変化することを見出した。 2. 上記の実験で見出したrobo1の5’UTR内の42bp配列にFruが結合しrobo1発現を抑制することを明らかにした。さらに、ゲノムのrobo1の42bp 配列を削った変異体を作成後mALニューロン形成や求愛行動への影響を調べた。その結果、オス特異的な神経突起を持つmALニューロンの形成やオスの正常な求愛行動を誘導するには42bp配列中央の16bpのパリンドローム配列が必須で、さらにパリンドロームの隣接配列も重要であることを明らかにした。 3. robo1の42bp 配列を削った変異体のオスではmALニューロンの神経突起がメスの形に変化し消失し、さらに変異体のオスはメスへ求愛する際に左右の翅を交互に振り続ける異常行動を示した。これはmALニューロンのオス特異的な神経突起が消失するため左右の肢からのフェロモン刺激の入力の強弱を判断できなくなり、オスが異常な行動を示すようになったものと考えられた。 以上のように今年度までの主要計画を全て達成できた。さらに当初の計画に加え、Fruと同じBTB-Zinc finger型の転写因子でありながら脳の性とは無関係と考えられていたLolaのアイソフォームQ (LolaQ) がrobo1プロモーターのFruとは異なる配列に結合後、Fru-LolaQの複合体を形成しrobo1発現を抑制することも明らかにした。そこで、到達度を「当初の計画以上に進展している」とした。
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今後の研究の推進方策 |
申請者はFruが転写共役因子Bonを介してFru-Bon-HDAC1複合体(HDAC1:ヒストン脱アセチル化酵素)、またはFru-Bon-HP1a複合体(HP1a:ヘテロクロマチン化因子)を形成しFru標的遺伝子に結合すること、さらに前者がFru標的遺伝子に結合した場合mALニューロンのオス化が誘導され、後者が結合した場合mALニューロンのオス化が阻害されることを明らかにしている(Cell, 149, 1327 (2012))。さらに、LolaQがrobo1プロモーター上のFruと異なる配列に結合し、Fru-LolaQ複合体を形成しrobo1発現を抑制することも明らかにしている。そこで、平成27年度は上記の複合体が標的遺伝子発現を調節するメカニズムを詳細に明らかにするため、以下の実験を行う。 1. robo1プロモーターを連結したレポーター遺伝子をゲノム中に持つハエを用いて、Bon、HDAC1、HP1a、LolaQの発現量を人為的に操作した場合のレポーター遺伝子発現への影響を明らかにする。 2. CRISPR/Cas9法を用いてrobo1プロモーターのLolaQ結合配列を削った変異体を作成し、mALニューロンの形成やオスの求愛行動への影響を調べる。 3. 蛹期の脳の発生ステージのどのタイミングに、Fru、Bon、HDAC1、HP1a、LolaQがrobo1を含むFru標的遺伝子のプロモーターに結合するかを調べる。その解析に用いるため蛹の脳の全ニューロンのうち約1%しか存在しないFru発現ニューロンを分離し回収する必要がある。そこで、蛹の脳のFru発現ニューロンの細胞表面にGFPを発現させたハエから解剖によって脳を取り出した後、バラバラに切り離し、そのニューロンの中から抗GFP抗体付きの磁気ビーズを使ってGFPラベルされたFru発現ニューロンのみを分離、回収する。回収したFru発現ニューロンを用いてChIP、ChIP-Seq解析を行いそれぞれの調節因子がFru標的遺伝子のON/OFFを制御するタイミングを明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成26年度の直接経費1,600,000円は、蛹の脳からごく微量のFru発現細胞を分離回収する技術開発のための研究試薬の購入と、回収したFru発現細胞を使ったChIP-Seq解析の受託解析サービス代金に使用する予定であったが、前述の研究を平成27年度に行うように研究計画を変更したため次年度使用額1,600,000円が生じた。
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次年度使用額の使用計画 |
蛹期の脳の発生ステージのどのタイミングにFruと複合体を形成する他因子Bon、HDAC1、HP1a、LolaQがFru標的遺伝子のプロモーターに結合するかを調べるには、蛹の脳の全ニューロンのうちわずか約1%しか存在しないFru発現ニューロンを高純度になるように分離回収する必要がある。そこで、蛹の脳のFru発現ニューロンの細胞表面に人為的にGFPを発現させたハエから解剖によって脳を取り出した後、ニューロンをバラバラに切り離す。その後、全ニューロンの中から抗GFP抗体付きの磁気ビーズを使ってGFPラベルされたFru発現ニューロンのみを分離回収する予定である。さらに回収したFru発現ニューロンを用いてChIP、ChIP-Seq解析を行うが、ChIP-Seqは外部業者(理化学研究所やタカラバイオ株式会社)の受託解析サービスに依頼する予定である。次年度使用額1,600,000円はこの微量な細胞を分離回収する技術の開発とChIP-Seq受託解析サービスに使用する予定である。
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