マカクザルによる半側空間無視の動物モデルの確立を目指して、ヒトにおける腹側注意経路の相同部位であると考えられている、側頭頭頂接合部と前頭連合野とを繋ぐ神経線維である弓状束(AF)を切断するために、2頭のニホンザルにおいて右上側頭回への損傷手術を行った。空間無視の評価法としては、ケージ内でのタッチパネルを用いた行動課題を行った。この課題は診断で用いられる線分末梢課題をサル用に調整したものであり、点灯する色パッチの中から特定の色のパッチに触れると報酬が与えられる。2頭のサルで損傷後一ヶ月にわたって、眼と頭を自由に動かしてよいのにもかかわらず、損傷と対側にあるターゲットを検出することに失敗することを見出した。また、アイトラッカーを用いた視線計測も行った。モンキーチェアに座っているサルの眼前にディスプレーを設置して動画を見せた。2頭のサルで損傷後一ヶ月にわたって眼と頭を自由に動かしてよいのにもかかわらず、損傷と同側の画面に視線が偏位することを見出した。以上のことから、右上側頭回への損傷によって上縦束切断とは異なる半側空間無視用の症状が見られることを明らかにした。以上によって、視覚的顕著性(saliency)の計算論的モデルを応用することによって、無視症状の行動評価を行うための実験系を確立した。また、視覚的顕著性の計算論的モデルを神経生理学的知見に基づいたものとするために、スパイキング・ニューロン・ネットワークを用いた上丘のモデルを作成し、上丘脳切片での神経生理学的知見を再現することに成功した。 また、比較対照群として第一次視覚野を損傷したサルでの視覚検出に関する実験を行い、信号検出理論的解析によってこの動物がヒト盲視と同様な行動を示すことを明らかにした。
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