研究課題/領域番号 |
25430024
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
水口 留美子 独立行政法人理化学研究所, 脳科学総合研究センター, 研究員 (70450418)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2017-03-31
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キーワード | 前障 / 神経投射 / アデノ随伴ウイルスベクター / 狂犬病ウイルスベクター / DREADD / 光遺伝学 |
研究実績の概要 |
我々は、前障の投射ニューロンで特異的にCre組換え酵素を発現するトランスジェニックマウス(Cla-Creマウス)を用いて、前障を介する神経回路および前障の生理機能を解明することを目的として実験を行った。昨年までの研究から、前障は前頭前皮質を含む大脳皮質、前嗅核、扁桃体基底外側部、嗅内皮質など、脳内の幅広い領域へ投射することが示されている。本年度は、前障が脳のどの領域から入力を受けるのかを調べるために、狂犬病ウイルスベクターを用いた逆行性経シナプス標識法によりCre陽性細胞の前シナプス細胞の同定を行った。その結果、前頭前皮質、島皮質、前嗅核、扁桃体基底外側部、嗅内皮質など、前障の投射先と重複する幅広い領域が標識され、前障はこれらの領域と相互的に神経結合することが示された。またこれらの領域以外にも、Cre陽性細胞は一部の視床核や海馬、縫線核などからも入力を受けることが明らかとなった。さらに、前障内のニューロンも多数標識された。これらの前シナプス細胞の大部分はGABAを発現しないが、前障内部にのみGABA陽性細胞が存在した。このことから、前障は脳の様々な領域から興奮性の入力を受け、その情報を前障内部の抑制性ニューロンを含む神経回路で処理し、他の脳領域にフィードバックしている可能性が示唆された。また、前障の生理機能を解明するために、ジフテリア毒素(DTA)でCre陽性細胞を死滅させたマウス(Cre-DTAマウス)を作製し、基本的な行動テストバッテリーを行った。Cre-DTAマウスはロータロッド試験で対照群よりも成績が悪く、協調運動に異常がある可能性が示唆されたが、その他の試験(概日リズム、不安行動、社会性、痛覚感受性、鬱傾向など)では目立った異常は見られなかった。このことから、前障は感覚・情動など基本的な脳機能ではなく、より高次の脳機能に関与している可能性が高いと考えられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度に引き続き、Cla-Creマウスに様々なウイルスベクターを用いてCre依存的に外来遺伝子を誘導することにより、前障を介する神経回路と前障の生理機能についての解析をさらに進展させた。本年度は、狂犬病ウイルスベクターを用いた逆行性経シナプス標識法により、前障へ入力する前シナプスニューロンの同定を行った。この結果、前障Cre陽性細胞が脳の幅広い領域と相互的に神経結合していることや、他の脳領域から主に興奮性の入力を受け、その情報を前障内部の抑制性回路を介して制御していることなど、前障の機能を示唆する神経回路の特徴を明らかにした。また、アデノ随伴ウイルスベクターを用いてCre陽性細胞にジフテリア毒素(DTA)を発現させ、前障投射ニューロンの一部を死滅させたマウス(Cre-DTAマウス)を作製し、基本的な行動テストスクリーニングを行った。その結果、前障Cre陽性細胞は感覚・情動など基本的な脳機能には必須ではないことが示唆された。前障はその神経回路様式から、脳の様々な部位の活性を統合・指揮するなど高次機能に関与している可能性が示唆される。現在、記憶や学習、注意など高次脳機能に関与した行動テスト(モリス水迷路、トレース恐怖条件付け、5-選択反応時間課題など)の予備実験も開始している。また、光遺伝学を用いて行動課題の特定の時間枠のみでCre陽性ニューロンの活性をオン・オフするなど、さらに高度な実験系の確立に取り組んでいる。これらのことから、研究は概ね計画通りに順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
本年度までの研究から、前障Cre陽性細胞が脳内のどのような領域から入力を受け、その情報をどこに出力するのかの大まかな結合様式が明らかとなった。今後は前障を介した神経ネットワークの詳細について、さらに発展的な解析を行う予定である。たとえば、アデノ随伴ウイルスベクターを用いた逆行性遺伝子発現と、狂犬病ウイルスベクターを用いた逆行性経シナプス標識法を組み合わせて用いることにより、特定の脳領域に投射するCre陽性細胞がどのようなニューロンから入力を受け、軸索の側枝をどのような領域に投射しているのかを明らかにする。また、単一ニューロンへの遺伝子導入や経シナプストレーサー(WGA)を用いることにより、前障内部の神経回路の接続様式を調べ、前障が担う情報処理メカニズムの神経基盤を明らかにする。同時に、前障の生理機能を解明するために、DTAや変異型ムスカリン性受容体(DREADD)で前障ニューロンの神経活性を人為的に操作したマウスを用いて、さらに発展した行動解析(モリス水迷路、トレース恐怖条件付け、5-選択反応時間課題など)を行う。これらの実験により前障が関与する脳高次機能を明らかにすると共に、動物の行動に伴って前障の神経回路がどのように活性化するのかをc-fos-tTAマウス等を用いて調べる。さらに光遺伝学を用いて、特定の投射先に入力するCre陽性細胞の活性を特異的にコントロールしたり、動物の行動に合わせて神経活性をオン・オフすることにより、前障を介した神経回路による動物の行動制御の詳細なメカニズムを解明したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
学会参加等のための旅費として450,000円を予定していたが、本年度は研究がまだ進展途中であったため学会発表の機会がなかった。その分消耗品などを多めに購入したが、全てを使い切らなかった。
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次年度使用額の使用計画 |
金額がそれほど大きくないため、次年度の消耗品(試薬、動物等)の費用の一部として充当する予定である。
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