ショウジョウバエは匂いと電気ショック(罰)や砂糖水(報酬)を連合して匂い記憶を形成することができる。この匂い条件記憶にはキノコ体とよばれる脳部位が重要であることが知られており、この神経の可塑的変化が匂い記憶の基盤となっていると考えられている。しかし、その可塑的変化の分子基盤はほとんどわかっていない。申請者はショウジョウバエの脳を単離培養し、1型ドパミン受容体(D1R)を活性化させることでキノコ体の神経活動を長期的に亢進させる系の開発に成功した。さらにD1Rの下流にはリン酸化酵素が必要であることがわかった。そこで、ドパミンを使用したD1R活性化によってリン酸化する分子の網羅的な同定を試みた。質量分析を組み合わせたこの解析から、ATP産生や細胞骨格に関係する分子のリン酸化レベルが変化していることが明らかとなった。そこで、これら分子が実際に匂い条件記憶に関与しているのかを調べた。具体的には各遺伝子をキノコ体部位特異的に発現抑制させた遺伝子組換え体を作成し、匂い条件記憶を測定した。その結果、いくつかの分子において顕著な記憶の低下を見出した。最終年度は、これら分子のどの領域がリン酸化されているのかを調べるために質量分析解析を試みた。しかし、この実験には大きな障害があった。その1つにキノコ体は脳深部にあるためD1Rを活性化させるためには脳を覆っているグリアを破壊する必要があるが、この処理が目的タンパクを断片化してしまうため、質量分析により解析することが困難となった。最終的に申請者はグリアを破壊しないでD1Rを活性化する方法を見出した。この刺激方法による成果はまだ得られていないが、今後はこの新規手法により記憶関連タンパクのリン酸化部位の同定を目指す。
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