本申請課題では神経再生・変性に関与するミトコンドリアの品質管理メカニズムに着目し、神経損傷に応答したミトコンドリアダイナミクス変化とその生理的意義を動物個体レベルで明らかにすることを目指した。なかでも神経損傷後の運動ニューロン内で亢進するミトコンドリア分裂に焦点をあて解析を進めた。動物個体での実験には申請者が作製したユニークな神経損傷応答マウスを使用した。このマウスは神経損傷に応答してcreリコンビナーゼを発現すると同時にミトコンドリアをGFP標識する。初年度はcreリコンビナーゼの異所性発現からミトコンドリア分裂因子Drp1 floxマウスとの交配が進まず問題となったが、複数ラインのcreマウスを作製する事でこの点を解決することができ以降は概ね順調に進行した。Drp1 コンディショナルノックアウト(CKO)マウスでは期待通り損傷を受けた神経細胞特異的にミトコンドリア分裂が阻害された。その結果、損傷運動ニューロン細胞体および軸索で巨大ミトコンドリアや異常に伸長したミトコンドリアが出現し、徐々にこれらミトコンドリアの膜電位や軸索輸送スピードが低下し神経損傷後2週間で神経細胞死・軸索変性が引き起こされることが明らかになった。一方、Drp1 floxマウス正常運動ニューロンは、creリコンビナーゼを感染させDrp1を欠損させても2週間という短い期間では細胞死・軸索変性に至らなかった。従来、ミトコンドリア分裂は細胞死や軸索変性へ至る過程に付随した反応と考えられてきたが、神経損傷後に亢進するミトコンドリア分裂は、緊急事態に対応してミトコンドリア品質を保持し損傷ニューロンの生存や再生を促すための適応反応ではないかと考えられた。こうしたin vivoでの研究成果はミトコンドリアをターゲットとした再生医療や予防医学を進めるための大きな足掛かりになると考えられる。
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