研究実績の概要 |
長期記憶形成時には、神経細胞体で新規合成されたシナプスタンパク質を、輸送中の樹状突起からシナプス後部スパインに移動させる仕組み(シナプスタグ)が働く(Okada et al., 2009)。初代培養ラット海馬神経細胞でのHomer1-aタンパク質の移動をFRAP法により直接観察した。シナプスタグを起こすにはNMDA受容体チャネル活動下流のcyclic GMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)によるリン酸化が必要十分だったが、他にNMDA受容体チャネル活性が不要の移動成分も発見した。両移動成分の分離と構成的移動成分の仕組み解明が本年度の目的である。構成的移動は、TTX、AP5、PKG阻害剤等でシナプスタグ活性を消去後にも見られ、NMDA受容体NR1サブユニットのD-セリン拮抗薬のジクロロキヌレン酸とCGP78608、解離性麻酔薬ケタミンで阻害された。D-セリンはこれらの阻害剤存在下でも移動を起こしたがPKG活性化薬は無効だった。これらの阻害剤存在下ではEGFPの輸送も阻害された。両成分を明瞭に分離できた。ケタミンはシトクロムP450で分解されヒドロキシノルケタミン(HNK)になる。CYP2C6特異的阻害を示す濃度のsulfaphenazolはケタミンの阻害効果をブロックした。構成的移動はcis-HNK存在下で阻害され、D-セリン添加で移動が回復したがPKG活性化薬は無効だった。うつ病に効果を持つcis体 (2R,6R)-HNKは構成的移動を阻害した。海馬初代培養細胞の主なD-セリン作用標的はNR1と考えられるので、ケタミンとその分解産物は、NMDA受容体D-セリンサイトにより調節を受けるスパイン内物質輸送系にとって必須のタンパク質間相互作用を阻害する可能性が示唆される。その実体解明はシナプスの分子構築動態の解明を通じて精神疾患などの理解と治療の基礎になると思われる。
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