昨年度までに、マウスのフリーズドライ精子を高温(50℃)で3日間保存したときに誘発される精子DNAダメージおよび構造的染色体異常の誘発頻度は、フリーズドライ精子を作製するときに使用するEGTA/Tris-HCl緩衝液(ETBS)のpHに依存して低下することがわかっている。そこで本年度では、低いpH(7.7)と高いpH(8.2)で作製したフリーズドライ精子を室温(25℃)で1か月間保存し、構造的染色体異常の誘発率を受精卵の第一卵割中期における染色体分析により調べた。その結果、pH8.2では20%、pH7.7では45%の受精卵に染色体ダメージが誘発されていることがわかった。従って、室温長期保存においても、染色体ダメージを抑制するためにはETBSのpHを8.0以上に高くすることが必要と考えられる。また、ETBSに含まれるキレート剤のEGTAを溶解するとき、通常は水酸化ナトリウムを使用するが、本年度では他のアルカリ剤、すなわち水酸化カリウム(KOH)に代えてETBSを調製し(pH 7.7)、フリーズドライ精子を作製した。このフリーズドライ精子を高温保存(50℃、3日間)したところ、従来のETBSで作製したフリーズドライ精子とは異なり、4℃保存サンプルと比較して染色体ダメージの誘発頻度に有意差はなく、しかもこれまでにない低頻度(16%)を示した。KOHで作製したETBS(K-ETBS)は完全にナトリウムイオンフリーであり、これまで使用してきたETBSとは全く違った性質をもつ可能性がある。更に、K-ETBSで作製したフリーズドライ精子を7か月間、4℃で冷蔵するが、途中で1週間だけ日本の夏の最高気温付近(40℃)に置いた場合、胚発生率(胚盤胞形成率と胎仔発生率)には影響しなかったことから、K-ETBSはこれまでのETBSよりも効果的にフリーズドライ精子に高温耐性を獲得させる可能性がある。
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