大腸菌では複製フォークの速度を正確に測ることが困難なため、正常およびSOS応答時(バクテリアのDNA損傷応答)の細胞での複製フォークの運動ダイナミクスは、これまで研究できなかった。そこで、本研究の代表者は複製フォークの速度を極めて正確に測定できる新規細胞株eCOMBを作成して新しい実験法(eCOMB法)を開発した。この解析法を用いて、正常細胞内の複製フォークの動態を初めて詳細に解明した。その結果、細胞内の染色体DNA上はDNA複製フォークの進行を阻害する多様な要因に溢れているにも拘らず、細胞内の複製フォークの速度はかなり均一であった。また、SOS応答時に複製フォークの進行速度が有意に減少すること、そして、その減速にdinBとrecA遺伝子が独立に関与することを見出した。両遺伝子は進化的に保存されており、ゲノムDNAの損傷時に複製フォークの動態を制御する機構が普遍的に存在する可能性がある。dinBとrecA伝子はそれぞれDNAポリメラーゼIVとDNA組み換え酵素(RecAリコンビナーゼ)をコードしている。SOS応答時の複製フォーク進行のスローダウンに、DNAポリメラーゼIVの誤りがちなヌクレオチド重合活性は必要ないが、複製フォークへの局在に働く部位は必要であることを明らかにした。一方、RecAのDNA組み換え活性は複製フォーク進行の減速に必要ないことから、SOS応答時の複製への関与は新規のRecAの役割である。さらに、これらの遺伝子による複製フォークの減速は、突然変異頻度に大きく影響しないことを最終年度に明らかにした。複製フォークの進行阻害はゲノム不安定性に繋がるが、DNA損傷応答の複製スローダウンはゲノムを不安定にしないことを示している。これらの成果は、通常時に細胞内の複製フォークの動態はスタティックだが、細胞応答によって積極的に変動する可塑性を備えていることを示している。
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